第11話 粘着PK 4

 ノワールは、情報屋カガミから鉄靴の魔女の会員に相応しい有能なプレイヤーの情報を集めおり、キララのこともカガミから聞いた。カガミに曰く、キララは『洞察力に優れており、初心者ながらヤトノカミを使って格上5人との戦いを制した凄腕のスナイパー』であり、あのヤトノカミを使いこなせるならば凄腕に違いない、と、ノワールは話を聞いてすぐに招待状を書いたのだ。


 しかしノワールには疑問があった。それは、初心者のキララがどうやってヤトノカミを手に入れたのか、ということだ。ヤトノカミ本体の相場は100万クレジットであり、上級者なら問題なく払える額だが、初心者にとってはとてつもない金額である。


 その疑問に、キララはノワールの目の前で答えて見せた。


「あの、これは……」


「ドロアンプル、1本で160万クレジットの価値がある」


「いや、そうではなく……ちょっと待ってください。情報量が多すぎて……あの、キララ様、もしかして、ドロアンプルのことを換金アイテムか何かだと勘違いされてませんか?」


「……違うの?」


 キララは首をかしげる。


「違います! まさか、既にドロアンプルを売ったりしていませんよね!?」


「ナナホシって人の店で、ドロアンプル1本とヤトノカミとか諸々の品を交換して貰った」


「なんてことを!!」


 ノワールは柄にもなく大声を出し、頭を抱えた。


「ん……ちょっと待ってください、今、ナナホシと仰られました?」


「うん、『まねきねこ』って店の、猫耳の店主のお姉さん」


「そんな……あの聡明なナナホシ様が、ドロアンプルの売却なんて真似を見過ごす訳が……」


「ナナホシさんと知り合いなの?」


 ノワールは深く頷いた。


「知り合いどころではありません。ナナホシ様は、SOOでは知る人ぞ知る天才商人です。アイテムの相場の変化の読みが桁違いに鋭く。百発百中と恐れられる程の腕前です。私も、商品の価格設定に何度もご助力していただきました」


 『え? ナナホシさんってそんなすごい人だったの!?』と、とんでもなく失礼なことを言いかけたキララは舌を噛む勢いで言葉を飲み込んだ。キララから見たナナホシの印象と言えば『優しいヤニカスお姉さん』しかないからだ。


 キララは、ドロアンプルを売却した経緯を手短に話した。ノワールは顎に手を当てる。


「なるほど。ナナホシ様が160万クレジットでドロアンプルを買ったということは、少なくともそれより高く売れると確信しているということ……しかし、だからといってあのナナホシ様がドロアンプルの売却を認めただなんて……」


「皆ドロアンプルの売却に反対するんだよね」


「当然です。とても貴重な品ですから。……そうですね、当店自慢の逸品をご覧になって頂きましょう。そうすれば、ドロアンプルの重要性がお分かりになるはずですから」


 ノワールのその言葉に、キララはまた首をかしげた。


◆◇◆


 キララはノワールに連れられて屋敷の地下室に向かった。長い長い螺旋階段を下り、何重ものロックが施された扉をいくつも開け、立派な絨毯の敷かれた長い廊下に出る。


 廊下には幾つも扉があった。そのうちの一つを、ノワールは鍵を使って開ける。


「どうぞ、中へ」


 キララは言われるがままに部屋に入った。部屋の中央、ガラスケースの中に鎮座するのは、あのヤトノカミであった。


「こちらは『ヤトノカミ・マガツ』SOOで最高の攻撃能力を持つ武器のひとつです」


「マガツ?」


「この武器を作った職人がそう名付けたのです。ステータスをぜひご覧ください」


 そう言って、ノワールはホログラムウィンドウを表示し、キララに見せた。


ヤトノカミ・マガツ Lv100


攻撃力 223508 

会心率 - 

会心ダメージ倍率 1250%


武器スキル

攻撃力上昇・極限 Lv10

サクリファイス・アサルト Lv10

インドミナス Lv10

ルナティック Lv10

誓約 Lv10


 初心者のキララから見てもこのステータスは異常であった。キララは思わずステータス画面を覗き込む。


「なんか、私のヤトノカミの倍くらい強いんだけど」


「こちらのマガツには、防御力などを犠牲にして攻撃力や会心ダメージを強化するスキルがふんだんに付与されているため、攻撃力が極めて高くなっております。ですが、マガツはスキルの影響を無視した本来の攻撃力だけで157000もの数値を持っているのです」


 そこでキララはナナホシの言葉を思い出した。『個体によって多少ブレはあるんスけど、攻撃力は対戦艦用を謳っているだけのことはあり、脅威の130000。このヤトノカミの攻撃力は134025なんで、まぁ、平均よりちょっと上っスね』……そう、ヤトノカミの攻撃力は個体によってブレがあるのだ。


「あー……ナナホシさんが言ってたブレって、そういう……」


「はい、ボスからのドロップ武器であるヤトノカミは、攻撃力・会心ダメージ倍率にブレがあり、これを『個体値』と言います。個体値が高いものが出てくるまでボスを周回する作業のことを『個体値厳選』と言います」


「あー、嫌な予感がしてきた。なんで皆ドロアンプルに固執するのか分かった気がする」


「お察しの通り、個体値厳選は時間と精神をすり減らす、まさに地獄の作業。ドロアンプルは、その地獄の作業を多少楽にしてくれるとてもありがたいアイテムなのでございます。……ちなみに、このヤトノカミ・マガツは攻撃力、会心ダメージ倍率共に上位0.1%の個体値厳選をしてあり、これをドロップさせるために実に150時間もの時間を費やしました」


 二人の間に沈黙が流れる。さすがのキララも、この壮絶なエピソードを聞いては無表情を保っていられなかった。引きつった笑みを浮かべたキララから乾いた笑い声が零れる。


「……すごいね」

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