第9話 粘着PK 2
キララはノワールと共に洋館の玄関に向かって歩いた。ノワールが石畳を歩くたびに、ガチャリ、ガチャリと鎧が音を立てる。
「そういえば、鉄靴の魔女は会員制の高級武器専門店なんだってね。入会審査みたいなもの、ないの?」
「ございます。SOOは言わば『知識のゲーム』ですので、入会希望者の方のSOOに関する理解度を調査する試験をさせて頂いております。ですが、キララ様の場合は事情が特殊ですので、試験は必要ありません。キララ様の腕前は、カガミ様から聞き及んでいますので」
SOOはMMOであるため『知識のゲーム』であるというのは一面の真実だ。膨大な数のモンスター、マップ、スキル、武器、防具、アイテム、それらについての知識が無ければ効率的なキャラクター育成ができない。知識が無ければアイテムの売買で損をし、知識が無ければ効率が良い狩場の場所がわからない。レベル上げや素材集めなどの膨大な数の周回作業は、前提知識があって初めて意味のあるものになるのだ。
「ふーん、やっぱりカガミが情報を流してたんだ」
「カガミ様は情報屋ですので……。カガミ様からキララ様のお話を伺って、すぐに招待状をお送り致しました」
「カガミ、私のことをなんて言ってたの」
「洞察力に優れ、しかも実弾銃で狙撃が出来る凄腕のプレイヤーだと」
「ふーん……」
キララの返事は曖昧だった。キララはカガミに先日の狙撃のことを話していなかったので、どうやってその事を知ったのか疑問に思ったのだ。
(後で個人チャットで問い詰めよう……)
キララとノワールが洋館の大きな扉の前に立つと、重い音を立てながら扉が独りでに開いていった。
「どうぞ、中が少々暗くなっておりますので、お足元にお気を付けください」
キララはノワールの後に続いて、暗い洋館の中へ足を踏み入れた。
突然、扉の影から飛び出した2人のメイドがキララに光線銃を向ける。キララは屋敷の外に逃げようと後ろに下がる素振りを一瞬だけ見せる。キララのフェイントに釣られた2人のメイドが、キララを追いかけようと詰め寄る。メイド達の重心が前に崩れる。それを見たキララは右側のライフルを持ったメイドの懐に入り、後ろを取る。
「え、ちょっ─────!?」
キララは後ろからメイドの目を塞ぎ、ライフルの銃身に手を添える。キララがメイドを前に押すと、メイドはそれを嫌がり後ろに下がる。圧倒的なステータス差、メイドに押し負けてキララの背が洋館の壁に当たる。しかしそれすらキララは織り込み済みであった。
壁とメイドに挟まれる形で防御の姿勢を取ったキララは、同じ要領でメイドのライフルを操作した。キララが左に銃口を動かそうとすればメイドは右に銃口を動かし、下に銃口を動かそうとすれば上に銃口を向ける。
「わあああっ!? わあああああっ!?」
激しい銃声と点滅する眩い光、混乱したメイドがライフルを乱射する。キララの操作によって、メイドのライフルの銃口が、もう一人のショットガンを持ったメイドに向けられる。
「ちょっ、やめなさ────! きゃあああッ!?」
「放せ! 放せ! このっ! この────っ!」
「そこまで!」
ノワールの声でキララがメイドを解放すると、メイドはドタバタと前につんのめった。キララは乱れた前髪を整える。
「……入会審査は合格?」
「はい、どうか無礼をお許しください。キララ様の場合は事情が特殊ですので、試験の代わりにチート所持のチェックを受けて頂きました。もちろん、結果は問題ありません」
キララは相変わらずの無表情で、でも少し怒った様子で口を開いた。
「私がチートを疑われるのも分かるし、チートを使うのは下手なプレイヤーだけだからこういう不意打ちをされるとボロが出る……って理屈もわかる。でも、これは不意打ちって言えない。ノワールさん、あなたの美意識からするとこの屋敷は暗すぎるでしょ? 誰だって警戒しちゃうよ。この分だと、暗闇にもう何人か隠れてるんじゃないの?」
ノワールが手を叩くと、物陰からゾロゾロと武装したメイド達が出てきた。キララは呆れてため息を着く。
「全く、舐められたものだね」
「キララ様のご慧眼には脱帽致します、しかしキララ様……」
ノワールは、仁王立ちで腕を組むキララをじっと見つめた。
「そのつもりもないのに怒ったフリをしても、値下げは致しませんよ?」
キララは『バレたか』と、腕組みを解き、無表情でてへぺろをした。
◆◇◆
シャンデリアの明かりが灯された屋敷の玄関ホールは息を飲むほどに美しかった。中央に設けられた2階へと続く大階段を、キララとノワールは登っていく。
「……ひとつ、分からなかったことがある」
「もしかして、このことでしょうか」
そう言ってノワールは階段の途中で立ち止まると、突然消えた。そして、再び突然現れた。ノワールは消えたり現れたりを繰り返し、その度にクルクルとポーズを取ってみせる。キララは少し目を見開いた。
「そうそれ。あなたが、庭でどうやって私の後ろを取ったのか分からなかったの。SOOにはそんなのがあるんだ」
「はい。こちらは最近ゲームに実装されたばかりの、光学迷彩という装備でございます。キララ様はきっとご興味を示されるだろうと思い、文字通りのステルスマーケティングをさせて頂きました」
キララとノワールの間に沈黙が流れる。
「ノワールさん……今のは……」
「はい、ジョークでございます」
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