第41話 無差別PK 19

────数分前


 スコープ越しに銀華達の様子を見ていたキララのもとに着信が届く。電話の主は銀華だ。キララは通話に出る。


「"────でいいのか?"」


「”そうそう、こうすると、通話越しに周りの音声を届けることができるの。そして、キララさんがフレンド登録されてるってことは、君が本物で間違いないみたいだね”」


「"────宇宙警察はSOOの正義だ! 秩序だ! 我々はより良いSOOのために悪質プレイヤーを裁く義務と権利がある! これ以上抵抗するなら、お前も制裁部隊の恐ろしさを知ることになるぞ!"」


 銀華の通話越しに、キララは隊長とカガミの話を聞いていた。


「正義……秩序……義務と権利ね────」


 キララは隊長に狙いを定める。肺に息を溜め、引き金に指を掛ける。


「"────痛くも痒くもないさ! やりたきゃ勝手にやればいい! だがな、あまり出過ぎた自治行為をすると、悪魔の反感を買うかもしれないぞ……!"」


 突然クロウが砂を放り投げる。放り投げられた砂が風に舞う。キララはそれを見て目を見開き、微笑む。


(クロウ君って基本アホなんだけど、こういう時妙に頭がキレるんだよね────南東の風、風速3m)


 キララは引き金を絞った。轟くヤトノカミの砲声。編流と夜風に乗って大きく弧を描く弾丸は、隊長の頭を木端微塵に吹き飛ばした。


 キル通知で弾着を確認したキララは、ヤトノカミを持って立ち上がる。


「私も、ああならないように気を付けないとね。……ブーメランは怖いから」


◆◇◆


 数日後、一同は情報共有などのために『ラバーキャット』に集まっていた。銀華も、キララにキルされたことでペナルティが軽減されて街に入れるようになっていた。宗教上の理由でいちごミルクしか飲めないキララ、お茶以外身体が受け付けない銀華、過去のトラウマ(タバコの吸い過ぎと酒の一気飲みの合わせ技による重度のヤニクラ)でアルコール恐怖症になっているナナホシを除いた、カガミ、クロウ、アイリは酒を飲んでいた。


「へぇー……それは随分大変でしたね」


「そなた達には感謝してもしきれぬ、本当にありがとう」


「いいってことよー、銀華ちゃんはゲームそのものの初心者みたいなものだしねー。ゲーマーの先輩として、後輩ちゃんは助けてあげないと」


 アイリはグラスに酒を注ぎながら笑った。


「偽物の方は結局どうなったの? カガミのお兄さん、情報屋のカガミのお兄さん。何か知らないの」


 キララは、壁にもたれかかって立っているカガミを見てそう言った。


「あれからすっかり話を聞かないな。今はどこでどうしているのか……だが────」


「だが?」


「仮説にすぎないが、正体に一人心当たりがある」


 そう言ってカガミは一枚のスクリーンショット写真を見せた。長いスクリーンショットは、どこかの掲示板のもののようだ。キララ達はそれを覗き込む。が、カガミは銀華にだけはそれを見せようとしなかった。


「……あんたは見ない方がいい。これは、所謂『晒し掲示板』という奴だ。気に入らないプレイヤー、悪質なプレイヤーの事を書いて、ストレスの発散や注意喚起を行う、陰口のたまり場だ。で、説明すると────」


「この『エリカ』ってプレイヤー?」


 キララはスクリーンショットをスクロールしながらそう言った。カガミはバツが悪そうに頷く。


「そうだ。その『エリカ』こそが銀華さんになりすました張本人だと思われるプレイヤーだ。……数か月前、掲示板はこのエリカの悪口で溢れかえっていた、エリカはSOOリリース初期から居る暴言厨の無差別PKerで、詳しい奴なら名前を知っている。俺は、直に目撃したこともあるな。……だが、その知名度は銀華さんほどじゃなかった。銀華さんは、武勇伝みたいなものが多すぎたからな」


「私が知ってるのもいくつかあるっスね。『30人の討伐隊を返り討ちにした』とか『光線を剣ではじいた』とか」


「色んな有名プレイヤーが銀華ちゃんに挑んでは返り討ちに会ってるしねー、私も、銀華ちゃんに挑んで負けた知り合いいっぱい知ってる」


 銀華は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


「うぅ……恥ずかしい……」


「けど、ここ最近はそんな銀華さんよりも、エリカについてのことがよく書き込まれていた」


 カガミはキララに頷いた。


「そうだ。……もう誰も銀華さんに挑まなくなっていたからな。諦めムードって奴だ。有名プレイヤーや討伐隊が銀華さんに絡まなくなれば、新たに生まれてくる武勇伝の数も減っていく。銀華さんが話題に出ることが減れば、相対的に他のプレイヤーが有名になっていく」


 キララは最近の日付の書き込みまで一気に画面をスクロールする。


「けど一週間前、最近ようやく有名になっってきたエリカに悲劇が起こる」


 そう言って、キララはとある書き込みをトントンと指さした。


「『銀華を自由都市フリード周辺で目撃した』……というこの書き込みをきっかけに、掲示板は銀華さんの話題で持ち切りになり、エリカは再び忘れられた。エリカにはそれが許せなかった。そして、銀華さんの名前、もとい知名度を自分のものにしようと銀華さんになりすました……こんなところだろう。まぁ、あくまで仮説に過ぎないがな、証拠は何一つ存在しない」


 カガミはそう言ってスクリーンショットを閉じた。


 なお、偽銀華もエリカもどちらも直に目撃したことがあるカガミからすれば、両者の共通点と呼べるものが幾つかあった。例えば、やたらとリアルの話題に突っ込んでくる暴言や、純粋な戦闘能力の高さなどがそれにあたる。しかし、それらはあくまでカガミの所感に過ぎず、根拠と呼べるほどのものでは無かったのでカガミは口には出さなかった。


「なるほど……承認欲求っスか……しかしそうすると、なんで銀華さんに負けたからといってPKをやめたんでしょうね」


 ナナホシは顎に手を当てる。


「……やめていないんじゃないのか?」


 遠くで静かに話を聞いていたクロウが口を開いた。キララは目を丸くする。


「……クロウ君はたまに鋭いことを言うよね」


「なんだと貴様ァ! 俺は常に頭脳明晰だッ!」


「銀華さん、偽物と戦ってるときに何回攻撃を受けた?」


 キララはクロウを無視して銀華に問いかけた。


「一度も……」


「じゃあ多分その偽物はもう銀華さんには会いたくないだろうし、私やクロウにも会いたくないだろうね……」


「ああいう人間は、平気で他人のことを馬鹿にするくせに、馬鹿にされること、負けることを何よりも恐れるからな。自分より圧倒的に強い人間がウヨウヨいる、このフリード周辺ではもう姿を見せられないだろう」


「こなたは別に、あれを馬鹿にしたつもりはないぞ」


 クロウは首を横に振った。


「そうでなくても、向こうは勝手に『馬鹿にされた』と思い込むんだよ。コイツみたいに、マジで馬鹿にしてくる奴もいるしな。多分、キララのことはトラウマになっていることだろうよ」


 そう言ってクロウはペストマスクの嘴でキララを指さした。キララは『ぷすぷす』とわざと下手くそな口笛を吹いた。


「フリードの外では今もアイツは無差別PKをしてるだろうな。もっとも、まだあんたのなりすましをしてるのかはわかんねぇが。だが……経験値ロストペナルティだったか? それで弱体化させられてんなら、多分大した悪さはできねぇだろうよ」


「そうだね、もしまだなりすましをしてたとしても、銀華ちゃんとそんなに実力差があるなら、見る人が見れば偽物だってわかるだろうし。……偽物がいるって皆に広まれば、もうなりすましなんてできないと思うよ」


 そう言ってアイリは、俯いている銀華に後ろから抱きついて揺すった。


「だからほら、あんなののこと考えちゃダメだよ。ほらほら」


「……こなたには理解できない。あれは、まるで皆から恐れられることを望んでいるかのようだった」


 自分と同じ顔の人間が、あれだけの人間に一斉に敵意を向けられている様を見て、ショックを感じない銀華ではなかった。


(恐ろしくてならない、もしあの時、キララ殿がこなたを見つけてくれていなかったら……こなたはどうなっていたのだ?)


 思いつめたような顔をする銀華を見て、キララは、この話題を切り出した責任を取って強引に話題を変えることにした。


「そう言えば、ナナホシさんに聞きたいことがあったんだ」


 キララは、銀華が探しているという和風小物の店についてナナホシに聞いた。


「もしかして『雑貨屋小町』のことですか?」


 銀華が目を輝かせて立ち上がる。


「そうだ! 確かそんな名前の店だった! ナナホシ殿、雑貨屋小町はまだフリードにあるのか!?」


「……雑貨屋小町は2年前に閉店になりました。店主の小町さん、リアルの仕事が忙しくなっちゃったらしくって」


「ナナホシさん、店主さんと仲良かったの?」


「はい、昔、商品の価格設定について相談に乗らせて貰ったことがあります。それ以来、結構仲良くさせてもらってました」


 それを聞いて銀華は視線を落とした。


「そ、そうか……仕事は大事だからな……仕方、ないな」


「あーでも……閉店の際に、残った在庫をうちでまとめて買い取らせて貰ったんで、雑貨屋小町の商品だけならうちにあるっスけど……」


 それを聞いて、銀華はゆっくりと顔を上げる。


「……見に来ます?」


「ナナホシ殿─────っ!」


「うわぁっ、ちょ、私タバコ臭いからダメっスよ!」


 銀華は喜びのあまりナナホシに抱きついた。顔を赤らめて弱々しい抵抗を見せるナナホシ。


 その様子を見て、キララ達は静かに微笑んだ。


「結局、いちばん活躍したのはナナホシさんだったみたいだね」


「フッ……いいとこ持ってかれたな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る