第56話 トップクラン12
────数分前。艦長室。
リベリオンの中で最も安全な部屋である艦長室で、取り引きは行われた。テーブルを挟んでソファーに座るのは、銀華、カガミ、ナナホシ、そして『反乱軍』のクランマスター────
「初めまして、銀華さん。私はジーク。反乱軍のクランマスターだ、ハート・オブ・スターの取り引きを提案してくれたこと、心より感謝する」
ジークは、長い金髪をオールバック気味にして頭の後ろでひとつに結わえた、軍服を着た男だった。ジークの座るソファーの後ろで、ライデンは腕を組んで立っている。カガミが口を開く。
「一応、会議でどんな話があったか説明する。俺とナナホシは、『反乱軍』のリーダーのジークと、『ターミナルオーダー』のリーダー代理のステラさんに『どちらかのクランにハート・オブ・スターを譲りたい』という提案をしたんだ」
「そしたら、ステラさんが『ターミナルオーダーにはハート・オブ・スターを有効活用できるだけの人手がないから反乱軍に譲る』と言ってくれてね。我々がハート・オブ・スターを買い取らせてもらうことになった」
「問題は買い取り額だったんスよね……前にも言った通り、ハート・オブ・スターって値段がつけられるような代物ではないので、かなり悩みました。ですが、現実的に払えない額を請求するのは意味がありません。そこで─────」
ジークは懐から1枚の紙とペンを取り出し、銀華の前にそっと並べた。その紙を見た銀華の眉がピクつく。
「大変申し訳ないんスけど、現実的な取引額を、取引主である銀華さんに決めてもらおうと思いまして」
ナナホシとカガミはあくまで銀華の代理だ。銀華と反乱軍の取り引きである以上は、やはり銀華が取り引き額を決めるのが健全である。
「帝国にハート・オブ・スターが渡ることに比べたら、多少のクレジットなんてどういうことは無い。その紙に、好きな額を遠慮なく書いてくれ」
銀華の前に置かれたのは、12桁分の四角い枠が書かれた小切手だった。なお、下1桁から9桁目までは既に0が書かれている。つまり、最低10億クレジットから最高9990億クレジットの範囲で好きな額を決めろということだ。
銀華は黙って、正面に座るジークを見つめた。
「こなたが何を書いても文句は言わないのだな?」
「もちろんだ。何度でも言うが、帝国にハート・オブ・スターが渡ることに比べれば、たかが1兆クレジットの支払いなんてどうということはないんだ。遠慮なく、9を敷き詰めてくれ」
ジークの後ろから、ライデンも口を挟む。
「10億クレジット、なんて書くなよ。俺たち『反乱軍』はSOOでも指折りのトップクランだ。その財力を舐めてもらっては困る。俺たちに華を持たせるつもりで、ドンとデカい数字を書くといい」
「────ほう、よく言った」
銀華はそう言うと勢いよくペンを取り、一気に数字を書いた。
000,000,000,000
敷き詰められた0を見てジーク達は言葉を失う。カガミは頭を抱えた。ライデンが大声を出す。
「おい! それでカッコつけたつもりか!」
「そうだ、こなたにも華を持たせるが良い」
「ぐぬっ……!」
ライデンは返す言葉を失う。ジークが口を開く。
「私は、何を書いても文句を言わないと言ったが前言撤回だ。これはさすがに……」
銀華は静かに目を瞑った。
「よいか。金は、ものの価値を計る指標に過ぎない。こなたにとってハート・オブ・スターは無用の長物、つまり無価値、0クレジットだ。これはどうやっても覆らない」
「しかし……!」
銀華は首を横に振る。
「それにだな、こなたは10億クレジットも貰ったところで使い道も思いつかない。であれば、そなた達にタダでハート・オブ・スターを売りつけて、こなたに足を向けて寝られないようにするのも悪くない」
そう言って銀華はくすくす笑った。
「古来より、『タダより高いものは無い』と言うだろう。無限の価値のあるハート・オブ・スターをタダで売ることで、こなたはそなた達に無限クレジット相当の投資をするのだ。だから、喜びこそすれど、慌てるようなことではないぞ? 堂々と受け取るがよい」
ジークは顎に手を当てて考えた。ナナホシが穏やかに微笑む。
「金はものの価値を計る指標に過ぎない……っスか。いい言葉っスね。いいんじゃないっスか? 他でもない銀華さんがこう仰ってることですし」
カガミも、ため息交じりに笑いながらソファーにもたれかかった。
「はぁ……さすがと言うか何というか。まぁいいんじゃないのか? それに、あまり取引を長引かせると帝国にハート・オブ・スターを強奪されるリスクが高まる」
カガミのその言葉にジークが顔を上げる。
「……そうだな、確かに取引は手早く終わらせるべきだ」
ジークは意を決したように立ち上がり、銀華に手を差し出した。
「今回は、貴女の好意に甘えさせていただこうと思う。反乱軍への投資に感謝する。11個目のハート・オブ・スターの持ち主が、貴女で本当によかった」
「うむうむ」
銀華はにこやかに立ち上がると、ジークの手を取った。
◆◇◆
取引が成立すると、それまでジークの後ろに立っていたライデンが艦長室のドアの前に移動し、無骨な長柄のハンマーを実体化させる。カガミとナナホシも、ソファーを立って銀華達から距離を取る。
「では、早速引き渡しに移ってもいいだろうか?」
「うむ。もう実体化させてよいのだな?」
「ああ。よろしく頼む」
銀華は頷くと、ぎこちない手付きでホログラムウィンドウを操作し、ハート・オブ・スターを実体化させた。
銀華の両手の中にハート・オブ・スターが出現する。銀華の手のひらにすっぽり収まる程の、虹色の光を放つ白い宝石。『星の心臓』の名に恥じぬ宇宙の秘宝だ。
「おお……これが……」
ハート・オブ・スターがふわりと浮き上がる。銀華がジークに両手を向けると、ハート・オブ・スターはゆっくりとジークの方へ飛んで行った。
カガミが顎に手を当てる。
「ふむ……ハート・オブ・スターって空中に浮けたのか。知らなかった、覚えておこう」
その声を聞いたハート・オブ・スターが、空中でピタリと止まる。
──────そして、そのまま空中で消えた。
突然、部屋の中に響き渡る奇怪な笑い声。
「ふふふふ、にゃははははは、にゃ────っはっはっはっは!」
「っ! この声は!」
泥棒猫が姿を現す。光学迷彩を解いた怪盗アルセーニャはハート・オブ・スターを実体化させて名乗りを上げた。
「宇宙怪盗アルセーニャ! 華麗に参上♡ ハート・オブ・スターはいただ─────」
「ぜあああッ!」
「あっぶね! ─────じゃなかったあぶにゃい!」
勢い良く振り下ろされたライデンのハンマーをひらりと躱すと、アルセーニャは艦長室の本棚の上に飛び乗った。
「もー♡ 焦らないの、ライデンくーん♡」
銀華も刀を抜き放つ。カガミは、アルセーニャに向けて光線銃を向けた。
「アィ……ルセーニャ! これは一体何のマネだ!」
「にゃはは♡、お宝を狙うのは怪盗の仕事にゃん♡ じゃ、006によろしく~」
そう言って、アルセーニャは壁をすり抜けて逃げて行った。
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