第35話 無差別PK 13

「死ねッ! この雑魚共が!」


「うわあああっ!」

「きゃああああああっ!?」


 白い月光の下、白砂の大地に悲鳴が響き渡る。狂ったように刃を振るう銀華は、いつものかんざしを刺していなかった。


「くそっ! くそっ! なんでこの私が────ッ!」


 行き場のない怒りをぶつけるように、周りのプレイヤーを片っ端から死体に変えていく銀華。


「ぐあああっ!?」

「だ、ダメだ! 強すぎる!」

「に、逃げろ────ッ!」


 プレイヤー達の悲鳴に、銀華は歪んだ笑みを浮かべる。怒っているのか、喜んでいるのか、とにかく銀華はデタラメに刃を叩きつけた。


「あっははははは! そうだ! 私は強いんだ! 私は銀華だ! もっと私を恐れろ! くそくそくそッ! この私が! あんな卑怯者なんかに────ッ!」


 そんな、銀華に近づく影があった。凛とした影は銀華の後ろ姿を見て口を開く。


「そなたは────」


◆◇◆


 月光が降り注ぐ荒野をバイクは走る。サイドカー付きのバイクに乗っているのはカガミとキララとアイリだ。カガミがバイクを運転する後ろで、キララは双眼鏡を覗いて銀華を探した。銀華に通話も掛けて見たが、機械音痴の銀華が通話に出られるはずもなく、キララ達はこうして地道に銀華を探すしかなかった。


 サイドカーの中で、アイリはクラン『宇宙警察』に所属している知人のプレイヤーと通話をしていた。


「警部さん、仕事中にごめんね、今日言ってた制裁部隊ってもう出発したの? ……そっかぁ……おねがい警部さん、教えて?♡」


 キララは内心焦っていた。銀華はもう十分すぎる"罰"を受けている、これ以上の経験値ロストペナルティは必要ない。何百時間も掛けて行ったレベリングを無かったことにする『経験値ロストペナルティ』は、本質的には『時間を奪う』というペナルティに他ならない。人によっては、十分にゲームをやめる動機になるだろう。


「うん、私、警部さんが活躍するところ見に行きたいの………………うん…………白砂の砂漠で銀華が暴れてるって通報を受けて、今向かってる? わかった、じゃあ私も今から行くね。うん、ばいばい」


 アイリの会話に耳をすませていたカガミは、それを聞いてバイクを止めた。一同がすぐさまバイクを降りると、アイリがバイクに手をかざす。すると、バイクが光り、手のひら大のカプセルに姿を変えた。


「ごめん、本当は口頭で止めようと思ったんだけど難しそうだったから場所だけ、白砂の大地だって」


「暴れてる……ってことは偽物の方だろうね、でも制裁部隊がそこにいるなら、まずそこに行って制裁部隊に事情を話した方がいいね」


「そうだな、俺も同行しよう」


 一同は、マップを起動して砂漠のワープポータルにワープした。


◆◇◆


「ふむ、どうやらキララ殿の話は本当だったらしいな……そなたがこなたの偽物か」


 銀華の声にピクリと反応した銀華は、ゆっくりと声の方へ振り向く。血走った目が銀華を捉える。


「……偽物? ふざけるな! 私こそがSOOで最も恐れられる最強最悪の無差別PK、銀華だ!」


 二人の銀華が向かい合う異様な光景に、周囲のプレイヤー達はざわめく。


「どういうことだ……」

「銀華って2人もいるのか?」

「どっちかは偽物ってこと?」


 銀華は悲しげに俯いた。


「SOOで最も恐れられる最強最悪の無差別PK……か。こなたは皆にそんなに嫌われているのか」


 銀華の顔に歪んだ笑みが浮ぶ。


「そうだ! いや違う! お前じゃない! 皆私を恐れているんだ! 皆私をラスボス扱いだ! 掲示板では皆が私の動向を伺って、私に出会うことを恐れてるんだ!」


 銀華は首を傾げた。


「……そなたは、皆から嫌われたいのか?」


「違う! 皆私を恐れているだけだ! 私を無視できないだけだッ!」


「では、そなたは皆の注目を集めたいのか?」


「違うッ! 違う違う違う! 私は! ……を! 皆が勝手に恐れているだけだ!」


 銀華はそう言ってもがき苦しむように髪を掻きむしった。


「なのに……私が一番強いのに……! キララ! そうだ思い出した! あの女はキララって呼ばれてた! あの卑怯者なんかより私の方がずっと強いのに────ッ! どいつもこいつも私を馬鹿にしやがって────ッ!」


「……そなたは強くなりたいのか?」


「ああああッ! なんだお前は! 違う! 黙れ黙れ黙れ! 私が一番強いんだ! 私が『銀華』なんだ!」


 狂っている。銀華はそう思った。指の隙間から偽銀華の爛々とした目が覗く。


「……なんだお前は。なんなんだお前は! ────ッこの偽物め! 銀華の名は私のものだ! 私が銀華だ! 私が────!」



「そなたは、銀華という言葉の意味を知っているのか?」



 銀華は毛を逆立てて、大きく目を見開いた。


「……なんだ、そんなもの知るか。どいつもこいつも、同じ事ばかり聞きやがって!」


 それを聞いて、銀華は鯉口を切った。ゆっくりと鞘から刃を抜いていく、しろがねの刃が白い月光に照らされて眩く輝く。


「そうか。ならば、どうしてもその名を名乗りたいと言うなら、貴様が本物の銀華だと言うなら、こなたに見せてみろ、その剣が銀華の名に相応しいと証明してみるがいい……!」


「偽物の分際で! 偉そうな口を────ッ!」


 二人が互いに刃を構えたその時だった、白い砂丘の向こうから40人程の集団が突然姿を現した。

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