第33話 無差別PK 11
自由都市フリードの地価は、街の中心部ほど高く、外側の城壁沿いほど安くなっている。宇宙に蔓延る危険な怪物から街を守る高さ140mの鋼の城壁は陽光を遮ってしまうため、城壁の傍はいつも日陰になっており、日陰街と呼ばれていた。そんな日陰街の更に隅っこ、城壁のすぐ隣に一軒のバイク屋が建っていた。店の扉の横には薄汚れた巨大なゴム製のネコの人形が立っており、錆びかけの鋼板と消えかけのネオンサインの看板には『ラバーキャット』の文字が掛かっている。薄暗い店内には、展示された様々なバイクの他に、酒瓶が並べられたバーがあり、そこで、一人の男が酒を飲んでいた。カガミだ。
カガミはグラスの酒をあおる。酒、といってもVRMMOなので実際に酔うことはない。しかし、SOOの酒はアルコールのあの独特の風味などが忠実に再現されており、雰囲気を味わうには十分であった。
そんなカガミのことを、カウンターを挟んでニヤニヤと見つめる一人の少女がいた。肩やへそを露出したチューブトップとホットパンツの上に濃紺の猫耳パーカーを羽織るオッドアイの少女、少女はこの店の店主だ。
「うんうん、よろしいよろしい」
情報提供者である少女から情報を買うために、この店で酒を頼むのがカガミの習慣だった。そして、今日はやたらと高い酒を飲まされたので、カガミは期待に胸を躍らせていた。
「これに見合った情報なんだろうな、アイリ」
カガミは空になったグラスを置いて、少女をニヤリと見つめた。アイリ、そう呼ばれた少女は『もちろん』と言って、カウンターから少し身を乗り出した。
「さっき入荷したばかりの新鮮な情報なんだけどね、『宇宙警察』はどうやら本格的に銀華のことを討伐する気らしいよ。早ければ今日にも制裁部隊が動くとかなんとか」
「ほう……連中にしては動きが早いな、分かりやすい功績が欲しいんだろうか……ちょっと待て、今、制裁部隊と言ったか?」
驚いた様子のカガミにアイリはニヤリと頷く。
「その通り。行動阻害部隊、HP調整部隊、トドメを刺す初心者部隊で構成された、対凶悪犯罪者用特殊部隊……経験値ロストペナルティを利用して特定のプレイヤーを無力化する、宇宙警察の切り札だよ」
カガミは顎に手を当てる。
「アレはまだ試験運用段階だと思っていたんだがな……もう実用化されたのか」
「無理やり実用化したんじゃない? 最近また有名になった銀華っていう分かりやすい悪役を見せしめにして、制裁部隊、ひいては宇宙警察の恐ろしさを世に再認識させよう! ってことなんじゃないかな」
「情報ソースは……また例の警部か? ホントに何でもしゃべるな、あの人は」
「彼は私にゾッコンだからね、こうやって────」
アイリはカウンターに頬杖をついてカガミを見つめた。
「"警部さん、またお話聞かせて♡?" ってやればイチコロさ!」
そう言って『ばちーん☆』とウインクを決めるアイリを見て、カガミはため息をついた。
「悪女め……警部もかわいそうに」
その時、カガミのもとに着信が届いた、電話の主はキララだ。
「キララ? 何の用だろう……ちょっと失礼」
「あーっ! 私の店で女の子の電話に出るの禁止────っ!」
その気もないのにそんなことを言うアイリを、カガミは片手であしらって電話に出た。
「カガミだ……今? 今は、フリードの日陰街にあるバイク屋で酒を飲んでる……いや、バイク屋の中にバーがあるんだよ……それは構わんが……じゃあ座標を送るから店まで来てくれ」
カガミは電話を切って、カウンターの方へ向き直った。
「フレンドが、聞きたいことがあるらしいから店まで来るそうだ」
「名前からして女の子でしょ? 可愛い? 私は女の子もいける口だから大歓迎だよ!」
「お前……さっきと言ってることめちゃくちゃだな。ちなみに、キララに手を出すのはやめておいた方がいい、ナナホシやノワールと互角か、それ以上に頭がキレる奴だ。正体バレても知らんぞ。アレだ、お前のキャラクターリメイクカードを回収した時の話覚えてるか? キララは、あの時銀華を騙してキルした奴だ」
「え」
アイリは一時停止ボタンでも押されたかのように、口を開けたまま停止した。
◆◇◆
程なくして、ラバーキャットの扉が開き、キララが入ってきた。
「いらっしゃい!」
「……ラバーキャットって、店の前のアレの事?」
キララは店の外の巨大な猫のゴム人形を指さした。
「そうだよ、廃タイヤのゴムをSF的超再利用して、マスコットを作ったの。私は店主のアイリ、そこのカガミから君の話は聞いてるよ。よろしくねー!」
そう言ってキララの手を取り、満面の笑みでブンブンと握手をするアイリを見て、カガミは苦笑いした。
(アレは……敵対される前に味方にしてしまおうと躍起になってるな……まぁアイツの正体を考えれば、キララのことが怖いのもムリないが)
「私はキララ、よろしく」
「キララ、アイリはこの前銀華に無差別PKをされて、キャラクターリメイクカードを落として俺に泣きついてきた張本人だ」
「なるほど」
「そうなんだよ~銀華を追い払ってくれてありがとう、カガミだけだと心配だったからねー」
そう言ってアイリはキララに見えないようにカガミを威嚇ながら、キララをカウンターの方へ案内した。
「なんか飲む? 初心者なんでしょ? 先輩のアイリさんがサービスしてあげる♪」
「いいの? じゃあいちごミルクで」
「はいはーい」
アイリがドリンクを作り始めると、キララはカガミの方へ向き直った。
「カガミ、銀華さんについて聞きたいことがある」
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