第32話 無差別PK 10
キララは本題に入ることにした。
「話を聞かせてくれてありがとう。そして、ここからが本題。銀華さんの偽物についての話をちょっと聞いてほしい」
銀華は顔を上げてキララに頷いた。
キララは、偽物の銀華が酷い暴言を吐きながら無差別にPKを行っていることを話した。よりにもよって、初心者の拠点都市である自由都市フリードで。
「こなたの偽物が……そんなことを」
「偽物の目的は分からないんだけど、このままだと普通のプレイヤーだけじゃなく、初心者達まで皆殺しにされてしまう。そして何より、銀華さんの悪い噂が流れることになってしまう」
ただでさえ無差別PKと名高い銀華が、暴言を吐きながら初心者狩りのようなことをしてる……と噂が立てば、例えペナルティを解消したとしても銀華は人前を歩けなくなるかもしれない。
偽銀華がしていることは、1人の人間のプレイヤー人生を破壊しかねない悪行なのだ。
「偽物が他でもない銀華さんのなりすましをしている以上、何か銀華さんに特別な感情があるんだと思う。だから恐らく、銀華さん以外には彼女を止められない」
もちろん、キララが偽銀華に対して粘着PKを行い、無差別PKなど到底出来ないような低レベルまで弱体化させることは出来るだろう。しかし、それは根本的な解決にならないどころか『あの悪者銀華が低レベルの初心者にボコボコにされていて無様だ、ざまあみろ、みんなで笑ってやろう』という空気を作りかねない。そうなれば、一番ひどい目に合うのは本物の銀華なのだ。
「もし君が過去の行いに対して少しでも罪の意識を感じているようなら、偽物を止めることが1番の贖罪だと思う。私にできることはもちろん協力する、偽物を止めて欲しい」
キララは良心の呵責を感じながらそんなことを言った。銀華は自分の行いに対して明らかにショックを受けていたからだ。無差別PKは、行えば嫌われこそすれど、初心者狩りや粘着PK、度の過ぎた暴言に比べれば『罪』という程の悪行ではない。しかし、それと銀華が罪悪感を抱えていることは別問題だ。銀華がもし贖罪を望んでいるのなら、そうした方が本人が楽になるというのなら、その方法を提案することは一つの選択肢だろう。
キララの話を黙って聞いていた銀華は、おもむろに立ち上がり、キララの前で両腕を広げた。
「ならばどうか、こなたを一度殺して欲しい」
「……はい?」
明後日の方向に話が飛躍したのでキララは困惑した。
「贖罪……そなたはそう言った。罪人に必要なのは贖罪の機会だけでは無い、罰も必要なのだ。どうかこなたを罰して欲しい」
「いや! そんな詐欺師みたいなこと出来ないよ」
「どうか頼む、こなたがそうして欲しいのだ。その方が気が楽になるのだ、迷いがあっては剣は振れない、どうか……」
銀華は穏やかな顔でそう言った。
「銀華さんは、私にキルされるっていうのがどういうことなのか分かっていない、私のキルはただのキルじゃないんだよ」
キララは、経験値ロストペナルティというシステムが存在すること。そしてレベル90の銀華が、最近レベル5になったばかりのキララにキルされると莫大な経験値ロストが発生することを説明した。
「私がこの前偽物銀華をキルした時は、レベルが78まで下がってた。恐らく、レベル90に戻すまでに途方もない時間が必要になる。銀華さんは罪人なのかもしれないけど悪人じゃない、罰が重すぎる」
一切の悪気なく、ただ真面目に修行をしていた結果それが無差別PKになってしまっただけの銀華には、十分な情状酌量の余地がある。キララはそう考えた。
「ならば尚更、こなたを殺して貰わなければならない。おそらく、こなたがその偽物と会えば戦いになるだろう。しかし、このままではもしこなたが勝ったとしても、レベルを言い訳にされてしまう」
「っ……!」
失敗した。キララはそう思った。銀華の言うことは筋が通っていた。暴言を吐きまくるあの偽物銀華は、おそらく自分よりレベルの高い本物に負かされたとしても、『経験値ロストさえなければ私の方が強かった!』と言い訳をするだろう。
偽物と話してる最中、キララは確かに違和感を覚えていた。しかし、『なりすまし』なんてレアケース中のレアケースを考慮してあの場であの銀華を見逃すのは、石橋を棒で叩いて、挙句の果てに渡らないようなものだ。……結果的には、その石橋はキララが渡っている最中に見事に崩れ落ちたわけだが。
キララは、ラストトリガーをガンホルダーから取り出し、セーフティを解除した。スライドを操作し、銃口を銀華に向けて引き金に指をかける。
「そうだ、銀華さんに聞いてみたかったことがあるんだ」
「ほう。なんだ?」
「『銀華』って、何?」
銀華は微笑んだ。
「『銀華』は雪の美称だ、綺麗な言葉だろう?」
「……君はやっぱり本物だね」
穏やかに目を閉じた銀華の額に向けて、キララは引き金を絞った。
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