第39話 無差別PK 17

 遠くで激しい銃声が響き渡る月下の砂漠。銀華は、偽銀華が取り出したものを見て、刀を八相に構えなおした。


 偽銀華が取り出したのはサブマシンガンタイプの光線銃だった。偽銀華は距離を取り、銀華に向けて光線銃を乱射する。


「死ね────ッ!」


 軽い発砲音。青白く輝く無数の光線弾が銀華に襲い掛かる。


(勝った! あれだけスピード特化の育成をしているコイツなら、弾が数発も当たれば殺し切れる! 勝てる! 銀華に勝てる────!)


 しかし、偽銀華が見たのは驚愕の光景だった。


 光線が銀華に襲い掛かるその直前。剣が振られた後の、揺らめく風の軌跡が光線を叩き砕く。飛び散る光の粒子が、銀華の青い瞳を照らす。


 目で追えない剣戟の暴風雨。剣風で舞い上がった白砂が、砕け散る光に照らされて白く輝く。時折、月光に映える刃の影が見て取れるので、辛うじて剣閃だと理解できるが、そうでなければ吹雪を纏っているようにしか見えなかった。


 偽銀華の表情が、怒りを通り越して恐怖に変わる。


「噓だ、噓だ噓だ噓だ! 掲示板の噂は本当だったのかよおおおおおッ!」


 偽銀華は震える手でサブマシンガンのトリガーを握りこむ。光線が束になって銀華に襲い掛かる。しかし銀華は吹雪の中で舞い踊るように、全ての光線を砕いていく。


「チーター! チータああああッ!」


 サブマシンガンがエネルギー切れになり、弾幕が途切れる。銀華は、最後の光線を真っ二つに切り裂く。リロードなど許しはしない。銀華は刃を脇に構えて、一息に距離を詰める。


「うわああっ! くそおおおおおっ!」


 サブマシンガンを投げ捨てた偽銀華がデタラメに刃を振り上げる。その眼に浮かんだ涙を見て、銀華は目を逸らした。銀華の刃が閃き、戦いを終わらせにかかる。どんな些細な抵抗も許さない一方的な攻勢。偽銀華の身体に、みるみるうちに傷が刻まれていく。8割程残っていたHPがあっという間に目減りしていく。


「うああっ! 嫌ああああっ!」

 

 HPを回復しようとして取り出した回復アンプルは峰打ちで砕かれ、ガラスの破片と赤い液体が飛び散る。必死に振り回していた刀もついに弾き飛ばされ、手を離れてしまう。


「なんで! なんで私が────!」


 何もかも失った両手を宙に放り出して、涙目で銀華のことを見つめる少女は、まるで命乞いをしているようだった。


「なんで───」


 銀華は刃を高く掲げると、少女に向かって振り下ろした。


◆◇◆


 月明かりの下に、髪も解けて赤い液体まみれになった少女の死体が転がっていた。少女の着物の袖で、銀華は刃を拭き、鞘に納めた。


「勘違い、するなよゴミブス女が……! あのキララとかいうブスのせいだ! アイツが私を卑怯な手で騙してさえいなければ! 私は万全のLv90で戦えたんだ! レベルが同じなら私が勝ってたんだ!」


 経験値ロストペナルティでレベルが下がると、過去にステータスに割り振ったステータスポイントの一部が『存在しなかった』ことになるため、その分ステータスが大幅に低下する。キララに殺されていなければ、少女はもっと長く銀華の攻撃に耐えられただろう。


 そういう少女に、銀華は黙って自分のステータス画面を見せた。


「……え」


 少女の口から乾いた声が漏れる。少女が驚いたのは、銀華のレベルについてではなかった。銀華のステータス画面の端に表示された『割り振り可能残りステータスポイント:12763』という文字を、血走った目で見つめる。


「……は?」


 機械音痴の銀華にステータスポイントの割り振りなどできるわけがなかった。銀華は一切ステータスポイントを割り振っていないLv1のままのステータスで少女と戦っていたのだ。


 もっとも、ステータスを上げられる要素はステータスポイント以外にも存在するので、実際のステータスはLv40とか50相当のものだろう。例えば、武器や防具を良いものに変えるだけでステータスは大きく変化するし、何らかのアチーブメントを達成した時に獲得できる『称号』などは保有しているだけでステータスが微増する。敵からのドロップ武器の多くにも『獲得効果』という、一度でも獲得した事実があればそれだけで永続的にステータスが微増する効果がある。他にも様々な要素があるが、こうした小さなステータス強化の積み重ねでキャラクターを強くしていくのはMMOの醍醐味の一つだろう。


「ありえない……ありえないありえないありえない! ……チーター……チーター! やっぱりチーターなんだなこのクソゴミ女! 卑怯者────ッ! 卑怯者、卑怯者────ッ! 絶対に、絶対に許さない! あのキララとかいうゴミブスと一緒にまとめてぶっ殺してやる! 死ね────ッ! 死ね────ッ!」


 喚き散らす少女に背を向けて、銀華はそれまで固く閉ざしていた口をようやく開いた。


「……こなたの勝ちだ。貴様に、銀華の名は相応しくない」

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