第45話 トップクラン1

 SOO最強のクラン『失われし帝国ロスト・エンパイア』が拠点とする鋼の惑星『ロストスター』。鋼の地表に並び立つ摩天楼の間に、けたたましいサイレンが鳴り響いていた。


「いたぞ───ッ!」

「あそこだ───ッ! 撃ち殺せ─────ッ!」


 暗い夜。サーチライトが照らす先。ビルの屋上に仁王立ちする華麗なシルエット。


 少女の完璧なボディラインをくっきりとなぞり出す白いライダースーツの上に、フード付きの白いクロップドジャケットを羽織っている。甘く可愛らしい顔立ちに、猫のような黄色い瞳。猫耳付きヘッドホンの下には、緩やかなカーブを描く長い銀髪が揺れる。──────SOO中を騒がせる宇宙怪盗、アルセーニャだ。


 アルセーニャは、札束やら貴重なアイテムやらがぎっしりとつまった大きな袋を担いで、名乗りを上げた。


「宇宙怪盗アルセーニャ! 華麗に参じょおおおおっ!?」


 アルセーニャに向けて、赤い光線が一斉に降り注ぐ。


「ちょっと! まだ名乗りを上げてないにゃ────ッ!」


「クソ泥棒猫が! 今月何回目だよ!」

「これ以上盗られてたまるかーッ! 今回こそぶっ殺してやる!」

「撃て─────ッ! 撃ち殺せ────ッ!」


「にゃーん♡ こわーい♡」


 ビルの影に隠れれば良いものを、アルセーニャはわざとその場でひょいひょいと弾をよけて帝国軍を挑発した。


 ビルや街灯にいくつも取り付けられたスピーカーのスイッチが入る。スイッチから、可愛らしい女の子の声が流れてくる。


「"このおおおっ! このネコババァ! なんで第3師団の金庫ばっかり狙うの! はーたんばっかり虐めないでよ! 金庫なら、第1師団のを狙えばいいでしょ!"」


 声の主は、この区画を管理する帝国軍第3師団団長ハートハートであった。ハートハートは半泣きだ、しかし無理もない。ここ3ヶ月の間、アルセーニャは第3師団の金庫ばかりを執拗に狙っていたからだ。その総被害額は500億クレジットを優に上回る。とんでもない大泥棒である。


「"このネコババァ! 今そっちに行くんだから! 死刑! あんたなんか死刑よ!"」


 それっきり『ガチャり』とスピーカーの電源が切れた。


「ふにゃあ!? よわよわ帝国軍第3師団団長のくそざこハートハート様がじきじきにボクを捕まえにくるにゃんて! 怖いにゃあ! 怖いにゃあ!」


 そんなやり取りをしている間も、アルセーニャに向けて光線銃が撃たれ続けたが、ただの1発も当たらなかった。


「ふにゃにゃっ! ねぇねぇなんでそんなに弾が当たらないの? 君達、視界不良ヘルメット被ってないよね!? エイムがざぁこなだけなのかにゃあ? やーいやーい下手くそ♡ 下手くそ♡」


 帝国軍の兵士たちに向けてしっぽを振りながらアルセーニャは弾を避ける。


「くっそおお馬鹿にしやがってえええ!」

「メスガキムーブとかキショイんだよ! どうせリアルじゃババアかおっさんなんだろ!」

「全弾打ち込め────ッ!」


 その時だった。地響きとともに、アルセーニャの後方の地面が開いていく。眩い光に照らされながら姿を現す、全長800mはあるだろう紅色の巨大な戦艦。ロケットエンジンの暴風に巻き上げられた、ゴミやら廃材やらが激しく宙を舞う。帝国軍が保有する宇宙戦艦、3番艦『ジャバウォック』だ。


「ええええええ! ……じゃなかった、ふにゃあああああああ!?」


(3番艦ジャバウォック……! "今そっちに行くんだから"ってそういう意味!? 正気!?)


 ジャバウォックの巨大なスピーカーが起動する。


「"ネコババァああああああっ! ……ほら早く準備して! 早く撃って!"」


「"し、しかしハートハート様、ここで砲撃を行えば、街区に被害が"」


「"うるさーいっ! 全砲門! 撃て─────ッ!"」


 ハートハートの号令で、ジャバウォックに無数に搭載された大砲の、砲門という砲門が紅く輝き始める。


「やべ、逃げよ。……にゃーっはっはっはっ! それじゃあバイバイ! また遊びに来るにゃん♡」


 そう言って、アルセーニャはポケットから取り出したカプセルを投げる。カプセルが光り、小さな宇宙船が姿を現す。アルセーニャは素早く宇宙船に乗り込み、ビル群の陰に逃げ込む。


 ビルの間を縫うように飛ぶアルセーニャ目掛けて、ジャバウォックの主砲が放たれる。紅色の熱線がビル群をまとめて貫きながらアルセーニャに襲いかかる。間一髪、熱線がアルセーニャのすぐ側を掠める。1発1発が攻撃力130万に相当する出力を持っている、当たればひとたまりもない。


 熱線に貫かれたビルが轟音と共に爆発し、瓦礫が降り注ぐ。爆風に船を揺さぶられながら、アルセーニャは瓦礫とビルを避けて飛行する。


「"逃がさないで! 泥棒猫は、死刑なの────ッ!"」


 立て続けに何発も放たれるジャバウォックの主砲。ビル群はあっという間に火の海と化す。


「下手くそ♡ 下手くそ♡ そんなの全然当たらないにゃん♡」


 そう言ってアルセーニャは機首を持ち上げ、一気に上昇を始める。


「"今よ! 早く! 早く撃って!"」


 砲撃の雨をアルセーニャはひょいひょいと躱しながら、操縦パネルを操作した。


「ハイパーブリッジ〜、急いで急いで〜」


「”ハイパーブリッジシステム、起動、跳躍を開始します”」


 アルセーニャがレバーを引くと、宇宙船の行先に眩く輝く光のゲートが出現する。空間跳躍航行システム『ハイパーブリッジ』、要するにワープシステムだ。もっとも、狙った先にピンポイントで跳躍することは難しく、大抵の場合、数百から数万キロメートルの誤差が生まれてしまう。そのため、特定の惑星の地表面や、小惑星が沢山浮かんでいる宙域を狙って跳躍すると、下手をすれば宇宙船諸共スクラップになってしまう可能性がある。


「"こらー! 逃げるな─────ッ!"」


「ばいばーい♡」


 アルセーニャは舌を出して『ばちーん☆』とウインクを飛ばす。そして、宇宙船は光のゲートに吸い込まれて行った。

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