第25話
お盆を食卓の上に置き、3つある湯呑みの自分の分を一口だけ飲むと、昇はまた立ち上がって、2階に続く階段へふらふらと戻っていった。後には2人分のお茶と、1人分の飲みかけのお茶、そして職員と嵐士の2人が残された。職員が苦笑する。
「池野さん、ここではだいぶ軽症の方で、平日は週3回、元の職場で電子部品組み立てのお試しアルバイトをしていてね。だいぶ勘も戻ってきたし、ぼちぼち週5で正社員復帰かって言われているのだけど、どうも夜は調子が悪いみたいで。この前までここに住んでいた
こんなことを訊いたら失礼だし不謹慎かなと少し迷ってから、嵐士は職員に気になったことを尋ねてみた。
「あの、気を悪くしたら申し訳ないのだが、この辺の施設って、よく人が亡くなるんですか」
職員は首を傾け、少し考えてから答える。
「そうだね、嵐士君がいるこの家はそうでもないけど、他のグループホームや、大きめの施設には、高齢の方もいらっしゃるし、残念だけど、この辺りの施設群ができてから2、3回は留衣さんみたいなケースもあったかな」
嵐士は、「留衣さんみたいなケース」が何を意味しているのかは敢えて確認しないことにした。わざわざ質問しなくても、大体どういうことなのかは予想がついたのだ。悪いことを訊いてしまったと、すっかり落ち込んでしまった嵐士を見て、職員がフォローを入れる。
「まあ、そんなに頻繁にあることじゃないし、自分の住んでいる場所のことだったら、心配になるのも当然だよね」
職員が湯呑みを掲げる。
「池野さんが淹れてくれたカモミールティ。なんでティーカップじゃなくて湯呑みにいれたのかわからないけど、おいしいよ」
嵐士は湯気の立つ湯呑みを手に取った。確かに、茶葉を漬け込む時間も、お湯の温度も絶妙に加減していたらしく、香りがよく、優しい味だった。おいしいお茶を淹れてもらった後に抱いた、ゲンキンかつ自分勝手な願いだが、せめて自分がここにいる間は、昇には元気でいてほしいと嵐士は心から思った。もう、自分の周りで人が理不尽に傷ついたり病んだり入院したりするのは嫌だったのだ。
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