第12話

《それで、柿沢さんは、どうしたいの?》


 散歩に出かけた先の海辺の公園の、例のバーベキューテーブルではなく、自宅アパートの小さな座卓を挟んで、昇が問いかける。チャットアプリを使った筆談なので、静音には、昇の「声色」から気持ちを読み取ることはできなかった。しかし、昇が静音の意図をつかめず戸惑っていることは、静音にも、彼の顔の困った表情さえ見ればすぐに理解できた。


《このままずっと同居すると言ったって、相手が私だと、あなたが望む「結婚」は一生できないかもしれないよ》


「別にいい」


 静音は何故かむくれ顔になりながら言う。


「気が変わったの。最初は、恋愛感情云々は横に置いといて、制度としての結婚が、何かあった時に色々便利だから、お互いのことを好きじゃなくても、とりあえず形だけは結婚ってことにしておこうと思ってたけど、今はどうでもいい。昇さんと一緒に暮らすことさえできれば、あとはどうでも」


 静音はいかにも面倒くさいといった風情で長い前髪をかきあげる。


「第一、何で私がいちいちこんなことまで細かく説明しなくちゃいけないわけ? てゆうか、それ昨日の夜も言ったよね。あんたのそういうボーっとしたところ、面倒くさくてホント嫌い」


 すっかり半ギレモードに入り、口が悪くなってしまった静音を見て、昇は笑いがこらえきれないといった様子で、口元に手を当て、プスッと噴き出した。


「やっと元気になったね。やっぱり鬼のしーちゃんは、こうでなくては」


「うるさい、誰が鬼だ、バカ。いつもしょげてるあんただけには、元気がどうだとか落ち込んでるとか言われたくない」


 静音は昇のわき腹に、思いっきり肘鉄を食らわせた。昇は痛いはずなのにお腹を抱えてゲラゲラと笑っている。ちょっと、全然笑い事じゃないんだけどと怒りながらも、静音はほんの一瞬だけ、子どもの頃の無邪気な関係の2人に戻れた気がして、嬉しくなった。この幸福が、いつまでも続くものではないとはわかっていたけれど。


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