第13話
そうして、日中は昇と2人で食材の買い出しに出かけたり、録画したテレビドラマを座卓の前に並んで一緒に見たりして、久しぶりに楽しい時間を過ごしていた静音だったが、恐れていた夜の時間が近づくにつれ、だんだん憂鬱になっていった。昇も同じ気持ちらしく、昼間の饒舌さは影を潜め、普段の無口な姿に戻っていた。
昇からあんな話を聞いたばかりだし、さすがに今日という今日は友達のところに行って、他所で寝た方がいいだろうかと静音が思案していると、昇の方から、柿沢さんさえ嫌でなければ、これまで通り同じ部屋で休もうと提案があった。布団1枚分の隙間を開けて敷かれた隣の布団の上に仰向けになったまま、昇が言う。
「毎日、夜中の零時ごろになると、あの人が私の寝ている部屋に忍び込んできた」
静音は彼の話にどう反応してよいのかわからず、黙って次の言葉を待っていた。部屋が暗くてお互いの表情が見えないうえ、昇は大抵抑揚のない声で淡々と話すため、声から抱いている感情を予測するのも難しい相手だった。話題からして、明るい気持ちで話しているはずがないというのは最低限わかるのだけれど、それでも不用意な発言は避けたかった。
「そんな荒れた家でも、あの人が来る前はまだ楽しいひとときもあった」
昇が懐かしそうに言う。
「夜、私が寝付けない時に母が絵本を読んでくれたんだ。桃太郎とか、クリスマスの話とか」
静音は、母親に絵本を読んでほしいとせがむ幼い昇の姿を思い浮かべた。そういえば、昇は絵を描くのが得意で、施設の食堂には、彼が習い事の絵画教室で描いた紫陽花か何かの油絵が飾られていた記憶がある。
「今はもう、母の優しかった頃の姿を思い出すことができない。会わなくなってから十年以上は経つのかな。顔も、声も、姿かたちも、口癖も、悲しくなるくらい、何も覚えていない」
昇のとりとめのない話は、突如静音への質問に変わった。
「柿沢さんのところはどうだった? 何か1つでも、一緒に暮らしていた人たちとの、楽しい思い出があったりしない?」
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