第14話
「そんなの、あるわけないでしょ。昇さんと、施設のみんなとの暮らしのほかに」
静音はそう言いながらも、母との少しでもマシな思い出がないか記憶の中を探してみる。
「私の実家も、昇さんのところに負けず劣らずひどかったよ。父ちゃんは私がちっちゃい頃に死んじゃってるし、母はあんなだし」
話せば話すほど、出てくるエピソードは暗いものばかりで、静音は自分でも気が滅入ってくる。
「あの人はきっと、私のことが嫌いだったんだろうね。入所してからは、一度も会いに来なかった。1回だけ、クリスマスの時にチョコレートを送ってきたことがあるけど、あの人がくれたものなんて食べたくなかったから、中身はさっさと他の子にあげちゃって、手紙は読まずに破り捨ててやった」
吐き捨てるように言った静音を、昇は温かい目で見つめる。
「でも、チョコレートは捨てなかったんだよね。怒っている時でも食べ物を粗末にしないのが、柿沢さんらしくていい」
それってただケチくさいだけでしょ、と静音はむくれて見せたが、部屋が暗いので相手には見えなかったはずだ。妙に意気消沈して、静音は昇に、滅茶苦茶な質問を投げかけてみる。
「昇さん、私が死にたいって言ったら、昇さんも一緒についてきてくれる?」
少しの間、考えるための沈黙を挟んだ後で、昇が答える。
「そんなの、わからないよ。今は死にたくても、後で変わるかもしれないし」
静音は確かにそうだと思った。自殺者の中には、死の直前までスマホを見ていて、誰かからの連絡がこないか待っている者が珍しくないという。最期まで、人は誰かから必要とされることを願い、自殺志願者でさえ自分の死を止めてほしいと願うことがあるのかもしれない。昇が遠慮がちに続ける。
「でも、あなたがつらい時は、なるべくそばにいようと思う。どこまでそれを守れるか、わからないけど」
静音は、彼女自身にとっては、「柄にもなく」照れてしまい、密かに目頭を熱くした。
――こんな安くて甘ったるい言葉、全部嘘に決まってる。
そう思わないと、意に反して目から熱いものが零れ落ちるという、しゃくな結果になりそうだった。
「甘い言葉で期待させておいて、後で裏切るかもだなんて、昇さんの方がよっぽど鬼だね」
そう言い捨ててそっぽを向くと、静音は自分の布団の中に深く潜り込み、顔を隠した。後ろでは昇がくすくすと笑っている。
「うるさい、馬鹿ノボ、笑い事じゃないぞ」
悪態をつきながらも、静音は、このひどく馬鹿げていて、なおかつ愛おしい瞬間が、永遠に続けばいいと願っていた。どうでもいいことで憎まれ口を叩き合い、一緒になって大笑いできる仲間がいるのは、なんと幸せなことなのだろう。
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