第18話

 温かい布団の中で、嵐士は昔の夢を見た。


 怖い夢を見た晩、5歳の嵐士は、泣きながら寝室のふすまを開け、居間兼台所でテレビを見ていた母親に駆け寄った。母親はどうしたのと言いながら、泣きじゃくる嵐士を抱き上げると膝に乗せ、優しく背中を撫でてくれた。傍らでは、ポテトチップスをつまみに缶ビールを開けていた父親が、母子の様子を穏やかな眼差しで見守っていた。ふすまを開け放したままの寝室からは、幼い弟妹たちが、僕も、あたしも抱っこしてと、続いて母親のもとに甘えにやってくる。


 記憶の中の母は、柔らかな微笑みを浮かべて言う。


――はいはい、順番ね、まずは嵐士お兄ちゃんからよ…。


 何でもない、普通の家庭の、人並みの幸せ。それがふとしたきっかけで、あっという間に壊れてしまうものだとは、幼い嵐士はまだ夢にも思っていなかった。


 建築現場で働いていた父親が、勤務中の事故で重傷を負い、働けなくなって、毎晩浴びるように酒を飲んで大暴れするようになったのは、嵐士がまだ小学1年生、7歳の頃だった。まだ無邪気だった嵐士は、怪我が治れば、お酒に飽きたら、また優しいお父さんに戻ってくれるだろうと期待して辛抱強く待っていたが、その期待は何度も裏切られ、結局もうダメだろうとあきらめて、とうとうそれから7年が経ってしまった。


――人間は、すぐ壊れるから、完全には頼ってはいけない。親父だって、怪我で体が不自由にならなければ、働き口を失って心を病むこともなく、今でもまともだったはずなんだ。


 嵐士は、布団の中で、父親と、母親、そして弟妹と自分の、家族としての失われた幸福に思いをはせ、静かに涙を流した。戻れるなら、あの頃の、父親が壊れる前の幸せな時代に戻りたかった。


 この施設の職員の話によれば、ここは一時的な避難場所で、裁判や医者の診察など、一通りの手続きが終わり次第、ひと月からふた月ほどで正式な行き先が決まるということらしかった。


 しかし、こうして「保護」されている自分はいいとして、その間、家に残った母と弟妹、そして入院中だと聞く父親はどうなるのだろうか。もし、家族が和解しないまま、またあの荒れた家に戻されたら? そうでなくても、行った先の施設に父親以上のとんでもない連中がいたら? 自分の不在の間に、母や弟妹が退院してきた父親の手によって殺められてしまったら? 父の容体が悪化して、そのまま帰らぬ人となってしまったら? 悪い想像がとめどもなく膨らんで、嵐士はこの日はこれ以降、一睡もできなかった。


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