第17話

――どちらにしろ、先のない人生だ。もしもここでまずいことが起きなかったとしても、後で親父がこの場所を探し当てて、俺を連れ戻すために殴り込み、殺しにくる。あいつにとって俺は、我が家の恥をさらしただけでなく、危うく主たるあいつを殺そうとさえした、裏切り者だからだ。


 そんなあきらめの思いがあったからか、病室に来た相手側の男から、自分と父親とのこれまでのいきさつを尋ねられた時、嵐士は自分でもあきれるくらい、全てを事細かに吐き出してしまった。あの男が毎晩のように大酒を飲んで泥酔し、自分や母、きょうだいたちを殴っていたこと。あの日も母親への暴力が止まらなくなり、このままでは殺人に発展しかねないと思い、自分が罪に問われる覚悟で、包丁を持ち出して止めようとしたこと。その結果、相手が過剰に反応し、もみ合いになってあのような流血の大惨事になってしまったこと。


 自分の覚えている範囲で、事件の経緯を洗いざらい話してしまった後、嵐士は次のような投げやりな言葉で自白を締めくくった。


「さあ、これで話は終わった。あとは閉じ込めるなり、殺すなり、そっちの好きにしたらいい」


 相手の男は苦笑する。


「随分と、物騒な物言いをするんだね。でも、君もひどい怪我だし、事情が事情だから、そんなにきつい判決は下りないと思うよ」


 男は嵐士に、サイドテーブルに置かれていた、ホットココアの缶を手渡した。


「よかったら飲んで。もう夕飯の時間は終わっているから、僕からの差し入れ」


 嵐士は、こんなもので買収されていては、大人に舐められて話にならないと思い、しばらく無視を決め込むつもりだったが、折悪く腹が鳴り、相手に笑われる。ここで意地を張って飲まないのも、かえって格好が悪いような気がして、嵐士は仕方なく親指で缶を開け、すっかり冷めてぬるくなってしまった中身を、一口で喉に流し入れた。甘いものは好きだったが、空腹がひどく、ゆっくり味わっている余裕はなかったのだ。そうして、あっという間に飲み干してしまってから、もっとちびちび飲んで、長い時間味わえばよかったと後悔する。余程切なそうな顔をしていたのか、男からは、明日は朝ごはんを早めに作ってもらうようにするからと慰められる。自分の胸の内を見透かされたようで、嵐士は面白くなかったが、ここでいたずらに相手の敵愾心を煽ってもろくなことはないと思ったので、余計なことは言い返さず、黙っていた。ココアを飲んで少し小腹が満たされると、先ほどまで治まっていた睡魔が再び襲い掛かってくる。


――十四にもなって、まだ本能の奴隷か。


 嵐士は自分の未熟さに苦笑する。このまま眠ってしまうのは赤ん坊や幼児のようで、情けなく思えたが、体の傷も深いので、歯磨きとうがいさえ済ませればさっさと寝てしまってもいいのかもしれなかった。遠のく意識の中で、嵐士は、誰かがずり落ちてしまった掛け布団を、首のあたりまで引き上げ、かけ直してくれたのを感じた。彼が保護されて、1日目の夜だった。

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