第2章 嵐士の話

第16話

 負傷後の長い眠りから目覚めた後、自分の家の薄汚れた天井とは違う、白い天井が見え、国上くにがみ嵐士あらしは戸惑った。薬品の匂いがする、真っ白な部屋。その部屋の、小さな寝台の上に、彼は寝巻を着せられて横たわっていた。運ばれてきたときに着ていたはずの、血に染まった垢まみれの服は、片付けられたのかどこにも見当たらない。

 出血の多かった肩の傷と腹の傷はどちらもきつく包帯が巻かれ、きちんと手当てされているようだった。体に巻かれた包帯からも、足先から胸まで被せられた清潔なシーツからも、消毒液のものと思われる、薬臭いにおいがする。ここがどこだかは知らないが、もしろくでもない連中につかまってしまっているようなら、何が何でも早く逃げ出さなくてはならない。


 嵐士は片手で腹部の傷をかばいながら、そっと上半身を起こしてみた。眠っている間に痛み止めを打たれていたのか、思ったほど傷が痛むことはなかった。これなら案外容易に抜け出せるかもしれないと、彼は素早く周囲を見回した。彼が収容されていたのは、窓のない、1人用の病室だった。壁の端の方では、空気の入れ替えのため、換気扇が回っている。それはともかく、何か出ていくときの武器になるものはないかと探してみるが、めぼしいものはなく、せいぜいが、部屋の隅に立てかけてあるモップくらいのものだった。自前の服と靴は持って行かれてしまったらしく、どこにも見当たらないので、当然、そこに仕込んでおいたナイフやらスタンガンやらも使えない。

 部屋を出た後、逃げた先で見つけたものを武器代わりにすればいいかとも考えたが、扉を開けたとたん見張りの人員に出くわすということだって考えられる。そうなった場合、ただでさえ体格の貧相な自分が、ボディーガードを務めるような屈強な面々と、丸腰のまま戦って到底勝てるとは思えない。少し迷ってから、嵐士は諦めて眠ることにした。仮に無事に脱出できたところで、彼には、行くあてなどどこにもなかったのだ。

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