第2話


 そんな静音の思いを知ってか知らずか、2人の同居を知る人たちは、てっきり2人を恋仲だと思っていたようだ。アパートや職場、「施設」の集まりなどで、何かの折に顔を合わせるたび、せっかくお似合いなのだから、そろそろ結婚したらどうだろうかとお節介を焼いてくる。自分の思いを自覚しないうちは、それを迷惑に感じていた静音だったが、時が経つにつれ、それもよいのではないかと思うようになってきた。前述のとおり昇は優しいし、賃金は静音同様、あまり高くないものの、きちんと仕事もしており、家事も分担してくれる。長い時間を共に過ごす生涯の伴侶としては申し分がない…とまではいかなくとも、それほど悪くない相手だった。

 

 ある日の晩、静音は寝室としても使っている奥の部屋で、結婚のことをさりげなく切り出してみた。同じ部屋で眠っているとはいっても、布団はある程度距離を置いて敷いてあるし、これまでお互いの体には指一本触れることもなかった。そのため、彼女は、自分から結婚の話を持ち出そうとしていたのにかかわらず、お互いに恋愛感情を持たない自分たちが、良好な夫婦関係なるものを維持するのは難しいかもしれない、と自分の判断を疑い始めていた。

 

 案の定、静音が話を切り出しても、少し向こうで布団に横たわっている昇は、静音に背中を向けたままで、何の反応も返してくれない。こちらを向いてくれないのは別にいいとして、大事な話なのになぜ返事をしてくれないのだろうと、静音が困惑していると、枕元に置いてあるスマホが震えた。見ると昇からのテキストメッセージが届いていた。


〈人の意見に無理して合わせることないよ〉

〈柿沢さんも、私も家族の中で、嫌な思いをしたから〉


「でも、昇さんと私ならきっとうまく…」


 そう言いかけて、やめた。昇がこのようにしてスマホのチャットアプリを使って筆談するのは、大抵、心の調子が悪い時だった。相手が精神的にきつくなって話せなくなっている時に、これ以上深刻な話で追い詰めるのは危険かもしれない。


「ごめんね、なんでもないよ。忘れて。今日は疲れたし、早く寝ようか」


 そうは言ったものの、何の反応もない昇のやせた背中を見ると、静音は何とも言い難いさみしさに襲われるのだった。昇は時々、静音の声が届かない場所へ行く。とは言っても、普段なら、昇が静音相手に上の空になることはあまりない。静音の発言に対して言葉で返事をすることは滅多にないけれど、その分、話の間は静音の方をちゃんと見て、時にはうなずき、話を聞いているということを態度で示してくれるのだ。しかし、この日は疲れがひどいのか、昇はそれさえせずにそっぽを向いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る