第3話

 今回のように困った状況でなければ、静音は昇の後ろ姿を眺めるのが好きだった。手先が器用な昇は、工場での電子部品組み立ての仕事のほか、内職で裁縫の仕事をしていた。学校制服のお直し、体操服への名字の刺繍、ときには近所の劇団に頼まれて舞台衣装を仕立てたり、入学式や卒業式で使うコサージュを作ったりすることもあった。17時に仕事が終わり、18時に帰宅すると、そのまますぐ針仕事に入る。コサージュづくりなど手縫いで行う作業もあるが、制服などサイズの大きな品を扱うときは、ミシンを使うことがほとんどだ。18時から19時までの1時間、寝室としてではなく、作業部屋として使われている奥の部屋からは、絶えずミシンのリズミカルな作業音が聞こえてくる。その、一心不乱に、なおかつ無関心に、目の前の作業に淡々と、集中している昇の後姿を眺めるのが、静音にとって1日の中で1番幸せな時間だった。


 そうして19時になると昇は料理を始め、19時半か20時ごろに2人の夕飯が始まる。食べ終わるのは大体20時から20時半の間で、使った食器や調理器具を洗うのは静音の仕事だ。昇は食後そのままミシンを使った仕事に戻る。その後は各自風呂に入ったり、本を読んだりして自由に過ごし、各々の好きな時間に布団に入って眠る。暖かな布団の中で、作業を続ける昇の背中を眺めている時間も、静音にとっては1日の中で、特に心の安らぐ、大切なひと時だった。


 しかし、平生と比べ気持ちの荒れていたこの日の静音は、自身の思いを昇に受け入れてもらえない寂しさともどかしさに耐えられず、思わず衝動的な行動に出てしまった。何を思ったか、壁際の、昇からは離れたところにある自分の布団を引きずってきて、昇の布団にくっつけるようにして敷くと、そのまま布団に横たわり、昇の背中側から胸の方へと腕を回してきつく抱きしめた。昇の両の肩が、おびえたようにビクッと硬直する。

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