第27話

 嵐士は内心うろたえた。まさかの、同年代の女子との2人きり。自分と同じ年頃の異性が苦手な嵐士にとって、これほど気まずく、重苦しくて困るシチュエーションはなかった。 先ほど職員は「木ノ内さんなんかもいる」と話していたが、明らかに状況の説明が間違っている。正しくは、「木ノ内さんもいる」ではなく、「木ノ内さんしかいない」だ。

 

 彼は救いを求めるように、他の人はまだ来ていないのですかと、小声で隣の職員に確認した。小声で話したのは、話す内容が、志保本人に聞こえたら感じが悪いだろうと思ったからだ。 一方、職員は、嵐士の志保に対する「気配り」を無視して、今までと変わらない大きな声で、あっけらかんと答える。


「ああ、本当ならあと2人いるんだけど、この前話した山田克巳さんは入院で、もう1人は通院が重なって来られなくなっちゃったから、今日はここの2人かな」


 絶望的な答えに、嵐士はすっかり参ってしまった。女子、しかもこんな無口で、何を考えているか分からない2つか3つ年上のお姉さんと、一体何を話せばいいのだろう。もちろん、相手も話したがっているようには見えないし、嵐士自身も話したくないなら無理に会話をすることもないのだろうが、かといって何も言わずに、向かい合って淡々と作業をするのも何だかおかしな雰囲気で、余計に気まずくなりそうだった。

 

 棒立ちのまま、モジモジしてなかなか席に着こうとしない嵐士を見て、職員もさすがに彼の思っていることを察したらしい。含み笑いをしながら、次のように言う。


「大丈夫だよ。今日は僕もついてるし。次回は鈴木さんも来るから。30代の男の人」


 ほら、挨拶、挨拶、と促されて、嵐士はしぶしぶ志保のいるテーブルの、対角線上の席に近づく。どうも、この前食堂で会った国上です、と相手から視線をそらしたまま、ぶっきらぼうに言って、さっさと座るのが精一杯だった。


 相手も先日見たとおり、あまり人とのコミュニケーションが得意ではないらしく、無言で小さく会釈しただけだった。そのあと少し間を置いてから立ち上がると、書類と封筒の束をそれぞれ半分ずつ手に取って、それらを、机の、嵐士の近くのところに、斜め上から滑らせるようにして押し出した。


「これ」


 志保はうつむいたまま、手を胸のところでぎゅっと握り締め、言葉を絞り出す。


「3つ折りにして、封筒に入れる」


 たったそれだけしか話していないのに、相手は苦しそうに肩で息をして、崩れ落ちるかのように自分の椅子にへたり込んだ。この時彼女は作業の邪魔にならないよう、先日は下ろしていた長い髪を結んでいたため、普段なら隠れているはずの耳、頬、首筋が緊張のため紅潮しているのがよく見えた。嵐士はそんな志保の様子を見て、目のやり場に困るというか、妙に照れてしまって、一度は上げていた視線を、また机の上に落とした。

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