第45話

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。1泊2日の「外出」を終えた朝、昇は再び静音の運転で、自分のすみかであるグループホームへと送り返された。車を家の前の細い道に止め、昇が安全に降りたのを確認すると、静音はじゃあまた来月と笑い、後部座席のドアを閉めてさっさと車を発進させ、振り返らずに帰っていく。昨夜とは違い、気丈に明るくふるまっていたが、静音も自分と同じで別れがつらかったのだと、昇は思った。


 グループホームでは、いつも通り、担当の松田職員と、同居人の嵐士が待っていた。昇が、友人からお土産があるといってクッキーの黄色い箱を渡すと、やはり嵐士は戸惑ったが、甘いものには目がないらしく、早速包み紙を破り、個包装になっている中身を1枚取り出すと、端の方からちまちまとかじり始める。さっき朝ご飯を食べたばかりでしょうと職員が笑うと、嵐士は少しきまり悪そうな顔をした。


「実は、朝ごはん、足りなかったんです。その、なんというか、俺、あの…食べ盛りなので」


 食欲、特に成長期の食欲は、逃れられない生理現象だ。少し食べる量が増えたからといって、そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいのにと昇は思ったが、自分が「無駄飯食い」になっていないかという不安は理解できたので、余計なことは言わないことにした。昇も、児童養護施設に入ったばかりの頃は、自分なんかが園の食いぶちを減らしてもいいのかと、お腹が満たされていなくても、遠慮してなかなかおかわりができなかったのだ。今だって、グループホームのお金、静音のお金で食べさせてもらっていることを、申し訳なく思っている。昇だって、工場でのアルバイトや、福祉作業所での仕事で稼いではいるが、日々の生活を維持していくにはまだまだ心配な額だった。


 だから、早く正社員に復帰して、しっかり稼げるようにならなくてはと昇は焦っていた。静音は昇の食費くらいなら自分が出すから心配しないでといってくれているが、夫婦(今後静音とそのような間柄になるかどうかは別として)共働きが当たり前の現代で、静音ばかりに生活費を稼ぐ負担を押し付けるのは気が引けた。なるべく、苦労人の静音には、余計な面倒をかけたくなかったのだ。

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