第34話

 その志保が、突如失踪した。

 事件が起きたのは、8月の中旬、お盆が過ぎ、長い夏休みもそろそろ終わりが見えてきたころだった。その日志保は、いつも通り午前・午後と2時間ずつ、ダイレクトメールの封入作業に従事し、終業時刻の15時半に炎天下の中、福祉作業所を退勤したのであった。彼女は嵐士たちとは違い、施設に入所しておらず、自宅から作業所に通っていたのだが、16時20分ごろ、同居する家族から、16時を過ぎているのに志保が戻ってこない、今日はまだそちらに残っているのですかと作業所に電話で問い合わせがあった。家族の話すところによれば、まじめな志保は、仕事が終わると、寄り道せず、職場から徒歩15分の家までまっすぐ帰るので、帰宅するのはちょうど15時45分ごろで、16時より遅くなることはなかったという。


 電話を受けた作業所のスタッフは、電話が来たのがまだ16時20分過ぎと早い時間だったので、そこまで心配することはないのではと思ったが、念のため他の系列施設にも連絡して、帰宅途中の志保が立ち寄っていないか確認した。併せて、もうすでに帰っていた作業所のメンバーにも電話をして、今日の予定について志保が何か話していなかったか尋ねてみたが、特にこれといった有力な情報はつかめなかった。


 嵐士たちのグループホームに、作業所からの電話がかかってきたのは、それからさらに2時間半が経った19時頃だった。夕食を食べ終えた嵐士が、カレーライスの皿を流しに下げようとして立ち上がったとき、突然居間にある固定電話が鳴った。番号は福祉作業所のものだった。開所時間はとっくに終わっているはずなのに、こんな時間に何だろう。ここは大人に出てもらった方がいいだろうと思ったが、このとき昇はまだ残りを食べている途中で、対応を頼むのは忍びなく、職員もトイレに立って席を外していたので、嵐士は自分が出ることにした。


「福祉作業所の森です。グループホームこもれびの、男子寮におかけしています」


 相手のいつになく緊迫した声色から、嵐士はただ事ではないと察した。


「男子寮の入居者、国上です。管理人の松田さんは今席を外しているのですが、戻ってきたらすぐにおつなぎしましょうか」


 相手がお願いします、ちなみにあとどのくらいで戻ってきますかと返したタイミングでちょうど職員が戻ってきたので、福祉作業所の森さんですとそのまま取り次いだ。受話器が職員の手に渡ったので、そのあと嵐士には森職員の話している内容は聞こえなくなったが、こちらにいる松田職員の相槌や受け答えから、志保の身に何かよくないことが起きている、具体的には、仕事を終えて作業所を出たあとから行方が分からなくなっているらしいと、何となくわかった。

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