第33話
リビングの、玄関寄りのところで解体されていた段ボールの中身は、食品だった。具体的には、サバの缶詰や、おかゆのレトルトパック、米2キロ、パスタの乾麺、クッキー、麦茶のパックなど。それらの食品は、トイレットペーパーの商品名がでかでかと書かれた、大きな段ボール箱に詰められて送られてきたので、おそらく通販で注文したものではないと思われる。スーパーの段ボール置き場から取ってきた箱を使って、誰か業者ではない個人が送ったのだ。
ああまたか、近くに店があるから、わざわざ送らなくていいって言ったのにと、昇が苦笑する。
「誰です? お母さんですか」
三十路の男なら、まだ母親から必要以上に世話を焼かれていてもおかしくないと思い、嵐士はからかうような口調で訊いてみる。嵐士が家族の元を離れてから、およそ2か月半が経つが、両親からの連絡や差し入れなどはまだ一度もない。いくら親を疎ましく感じる年頃だとはいえ、自分だけが不当に放っておかれているようで、面白くなかったのだ。
昇が訂正する。
「いや、まだ社会にいた頃、一緒に暮らしていた友だち」
――友だちか…。
嵐士は保護される前に付き合っていた、何人かの仲間たちの顔を思い出していた。煙草を教えてくれたヤス、バイクの後ろに乗せてくれたリキ先輩、愛用のスタンガンとバタフライナイフを譲ってくれたヒデ…。ポケットにライターと折り畳み式ナイフを忍ばせて、深夜のコンビニやゲームセンターでたむろしていた頃が懐かしい。彼らは今も、元気に「不良」をやっているのだろうか。これまで忘れていたが、急に会いたくなってくる。
感傷に浸る嵐士の余韻を打ち壊すように、職員が昇の発言を茶化した。
「あれ、友達じゃなくて、フィアンセだったよね」
「やめてくださいよ、嵐士君の前で」
何だか嫌なのろけ話が始まりそうだと思い、嵐士は身構えたが、昇は形だけです、形だけと話を淡々と切り上げた。仲間2人で助け合って暮らすなら、家を借りる時や、どちらかが入院したとき、遺産の引き継ぎなんかがあったときに、その方が便利なので。
「でもいいよなぁ。僕なんか、彼女いない歴、生きてきた年齢と同じだから。6年離れてもずっと待ってもらえるなんて、本当にうらやましい」
職員は本当にうらやましそうに、天を仰ぐ。
「池野さんも、嵐士君も、自分の狙っている人以外で素敵な女性がいたら、ぜひ僕に紹介してね」
こうやってすぐ下ネタ…まではいかなくとも色恋沙汰に話を持っていくから、中年のオッサンは嫌なんだ。嵐士は心の中でため息をついた。
――でも、俺はどうなんだろう。もう14歳だし、別に彼女がいても悪くないよなぁ。
そう思った時に、脳裏に浮かんだのが、まだ知り合ったばかりの志保の顔で、嵐士はひどく戸惑うのであった。
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