第37話

 夏休みの終わりごろ、嵐士は翌日提出する進路希望調査票を前に、固まっていた。その調査票は、本当なら、前の学校で、3年に進級した日に出すはずのものだったが、父親の荒れ具合がいよいよひどくなり、家にほとんど帰れていなかった嵐士は当時、卒業後の進路を考えるどころではなかったのだ。


 学校が終わっても家に帰れないので、放課後の居場所は、非行仲間の待つ夜の繁華街の他になかった。そうなると朝も起きられず、足は自然と学校から遠のいてゆく。4月にあった1回目の進路面談にも当然足を運ぶことはなく、夏休みの前半に行われた2回目の面談は、ちょうど一時保護所の中で過ごしていた外出禁止の時期と重なってしまい、行くことができなかった。


 8月も終盤に差し掛かり、転居に伴う新生活のドタバタもようやく収まってきたところで、施設の職員と転校先の学校の厚意により、嵐士は特別に、他の生徒とは違う夏休み最後のこの時期に進路面談を受けさせてもらえることになった。


 しかし、ポケットにナイフとスタンガンとを忍ばせて悪友たちと夜な夜な出歩いていた自分、危うく父親と刺し違えそうになった自分に、「希望」するべき将来など残っているのだろうか。確かに、進学準備にしろ、就職活動にしろ、一から始めるにはやや遅い時期ではあるものの、絶対に間に合わないというほどでもなく、頑張り次第では、どうにかなるかもしれないのだが…。嵐士には「非行」と暴力にまみれてきた自分の、平和で幸せな未来というものがあまり想像できなかった。何をやっても、上手くいかない気がする。第一、大人といわれるような年齢まで、自分は生き延びることができるのだろうか。


 嵐士は進まないペンを机に置いて天井を見上げた。来年の3月からはグループホームと同系列の児童養護施設に移る。高校に進学するとなると、その養護施設から通うことになるはずだが、それはさておき、小5、小6、中1、中2、中3の前半と、義務教育の半分にあたる4年半をボイコットしていた自分が、今更高校に入っても、上手くやっていけるかどうか。勉強のこともそうだし、「非行仲間」との狭い人間関係に閉じこもっていたこともあり、同年代の「普通の」生徒たちと上手に付き合っていける自信もなかった。


 もしかしたら、俺は初めから、ここの正式なメンバーになるために送られてきたのかもしれないと、嵐士は思った。中3のこの時期にグループホームに仮入所して、児童養護施施設に移るのが義務教育終了後となると、住み込みの仕事など、進路によっては養護施設に移る必要がなくなったり、移るのが不適当になったりすることもあるだろう。

 

 第一、非行少年が行くのは大体少年院か児童自立支援施設であって、児童養護施設ではないと聞くし、いくらやむを得ない事情があったとは言え、自分は実の父親に刃物で怪我をさせている。殺人に至りかねない傷害事件にかかわった少年を、受け入れてくれる福祉施設が少ないことは容易に想像がついた。自分がここに来たのは、どうしても行き先が見つからなかったためか、事件に至った心の問題と向き合い、治療を受けさせるためのどちらかだろうと嵐士は確信した。

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