第47話

 夜は、人を内省的にする。この夜も頭が冴え、どうにも寝付けなかった昇は、あきらめて下の階へ降りていき、いつものように飲み物の支度をすることにした。階下にはすでに同じく眠れなかったとみられる嵐士がいて、憂鬱な面持ちでソファに座り、光り輝くテレビの画面を、ぼんやりと見つめていた。昇が、暑いから冷たい飲み物にするかと尋ねると、嵐士は液晶に目を向けたまま、いや、温めた牛乳がいいです、イチゴジャムもたっぷり入れて、と生気のない様子で答えた。身長を伸ばしたい嵐士が朝、晩と(給食のない土日は昼も)飲むので、この家では牛乳の減りがやたらと早い。果たして牛乳は2人分残っているだろうかと思いながら、昇は台所の奥の冷蔵庫へと向かった。牛乳を飲めば身長が伸びるというのはおそらく迷信なのだが、嵐士はまだそのことを知らないようだ。彼がお腹を壊すか肥満になる前に伝えておこうと昇は心に誓った。


◇◇◇


 昇が母親に持ち運び式のゲーム機を買ってもらったのは、小学3年生、9歳の頃だった。彼の母親、池野朋子は、あまり子どもに構おうとしない人だったが、息子の誕生日のプレゼントだけは、毎年奮発して、一生懸命選んでくれるのだった。小学校に上がった年は、友達を家に呼んだ時に一緒に遊べるようにと人生ゲームを買ってくれた…とは言っても、日中働いている朋子は夜にならないと帰って来ず、昇が友人を家に招くことができるのは、おのずと土日、しかもその中でも朋子が在宅している日だけに限られていた。


 息子との時間よりも、自分の友人との付き合いや、趣味の時間を優先する朋子は、仕事のある平日だけでなく、仕事が休みになる週末も昇を家に置いて、朝から晩まで丸一日戻ってこない日の方が多かった。まだ小さかった昇は、別におもちゃなんて買ってくれなくたっていいから、もう少しお母さんが近くにいてくれたらいいのにと、何度星に願ったことだろう。


 しかしそれでも、母親の家にいる時間が伸びることはなく、内気で友達の少なかった昇は、母親に買ってもらった本とおもちゃを友人代わりにして、一人で寂しく過ごすしかなかった。中でも、小2の時に買ってもらった鉱物の図鑑と、小3の時にプレゼントされたDSは宝物で、嫌な記憶を思い起こさせるから捨てようと思ってもすぐには捨てられず、結局大人になるぎりぎりの年まで手元に残していたのだ。

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