第48話

「嫌です、会いたくありません。どうして今更…」


 児童養護施設の職員から、母親から面会の申し入れがあったと聞かされた時、昇は自分でも驚くほどの大声で、それを拒絶した。


 時は、まさに退所を目前にした、18歳の3月。昇の母親は、彼が入所してからおよそ7年間の間、面会の希望どころか、手紙や差し入れさえ、一度もよこしてこなかった。そんな母親が、どうして今更会いたいなどと言ってくるのだろう。この母親は、まだ昇が家にいて、母親の恋人からの仕打ちに苦しんでいた時にも、守ってくれるどころか見て見ぬふりで、挙句の果てには昇が誘うような言動をするから悪いのだろうと批判さえした。


――どうして、一番苦しかったときに助けてくれなかったくせに、今頃になって母親面なんかするんだ…。


 昇はひどく混乱していた。彼には、母親の、気まぐれに見える振る舞いが理解できなかったのだ。もし母親が自分を見捨てず、あの男からかばってさえくれたら、自分は暗闇の中、眠ってしまわないように、一晩中ゲーム機に向かって、すっかり飽きてしまったゲームを延々と続ける、あの心細い時間を過ごさなくて済んだのに。そうでなくても、入所した後に、ただ一言、ごめんなさい、愛していますと書いた手紙でも送ってくれたら、自分は簡単に母親を許すことができたかもしれないのに…。昇の心は、職員と話し合った、たった30分間の間に、母親への恨みでいっぱいになった。


――もう関係修復は無理なのだと、せっかく諦めのついたタイミングで、こんな中途半端な交流をけしかけてくるくらいなら、いっそ一生放っておいてくれた方がよかった。いや、いっそ死んでくれ。僕は、母さんが嫌いだ。


 すっかり疲弊した昇が、職員との面談があった相談室を出ると、外では心配そうな顔をした静音が待っていた。どうやら昇の怒鳴る声は部屋の外まで聞こえていたらしい。


「昇さん、大丈夫? 随分、揉めてたみたいだけど…」


 中学1年生、13歳の小柄な少女の目は、不安げに揺れていた。1年前まで小学校にいた小さな子を、ほとんど成人に近い年頃の自分が、こんなにおびえさせて、余計な心配までかけて、どうするんだ。昇は心の中で自分を叱った。


「大丈夫だよ、しーちゃん。驚かせてごめんね」


 そう言った後、昇はこらえきれなくなって、嗚咽した。静音も一緒になってめそめそ泣いている。何が「大丈夫」なのか、昇は自分でもわからなかった。

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