第6話
食後、静音が昇のマグカップを洗っていると…ちなみに昇はコーヒーに関しては譲れない好みがあるようで、ファストフード店で出されるようなインスタントのものは好まない。そのため、食事を中食に頼るときも、コーヒーだけは自分で淹れるので、マグカップを洗う必要が出てくるのだが…不意にポケットのスマホが震え、昇からのメッセージが表示された。
《柿沢さん、今から散歩に出かけない?》
《話したいことがある》
静音はいよいよ来たかと思った。恐れていた同居解消の話の、前兆が来た。しかも、思っていた以上に早く。
「いいよ。これが終わったらすぐ行こう」
静音はできるだけ平静を装って、明るく答えた。ここで取り乱すと、余計に昇の心が離れていってしまう気がした。それに、自分は昇に嫌われても仕方ないようなひどいことをしたのだから、縁を切りたいと言われても仕方がない。彼女には、相手から突きつけられるだろうと予想される、破局の事実を受け入れる覚悟が既にあった。
「行き先は、いつもの海辺の公園でいい?」
そう切り出す、自分自身の、何も考えていないような、無邪気を装った能天気な声に、静音は我ながら強い嫌悪を覚えた。
――ふざけるな、静音。なに可愛い子ぶってるんだよ。昇のご機嫌取りがそんなに大事か。悲しいならちゃんと取り乱せ。悔しいならもっと怒れよ。全然平気じゃないくせに、何も感じていません、みたいな、気取ったすまし顔を作るんじゃない。だからお前は周りの人間に馬鹿にされ、尊厳を踏みにじられるんだ。
尊厳の声を無視して、手元のスマホがまた震える。言うまでもなく、発信者は昇だった。
《いいよ、どこでも》
《行き先は、柿沢さんが好きに決めたらいい》
――ほら、言わんこっちゃない。
昇の、下手すると投げやりにも見える返信を見て、静音は、尊厳の声が指摘したとおり、何か自分がぞんざいに扱われたような悲しみと、どうして行き先を一緒に考えてくれないのだろうという苛立ちのようなものを感じた。しかし、次の瞬間現れたのは、大好きな彼氏からデートのお誘いがあって喜んでいる少女のような、明るい空気感の静音だった。昇の言葉に絵文字で「オッケー」と返してしまう、いつもの自分。あまりにも軽くて、思慮に欠けているように見える。
――本当は私だって、色々考えて、悩んで、密かに憤っているというのに…。お願いだから、賢いならその賢さをおどけの仮面で隠さないでくれ。感受性が豊かなら、激しい気性を包み隠さず…。嫌だ、もういい、私には何を言い聞かせても意味がない。
だから私は私が嫌いなんだと、静音の心はさらに深く沈んだ。
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