第7話
皿洗いが終わり、静音は簡単な身支度をしてから、昇に続いて玄関を出た。空は6月下旬の梅雨の時期らしく曇り、地表の空気もひんやりと湿っていた。暑くもなく、寒くもないちょうどよい気温で、木々の緑が鮮やかな、美しい季節。長めの散歩用に買った薄紫のパーカーも、ビビッドなピンクのウォーキングシューズも、この時期の気候と合わせて静音のお気に入りだったが、これから昇が話すと思われる内容を考えると、やはり彼女の気持ちは晴れないのだった。出がけに水を飲んだばかりなのに喉が渇いて、静音は運動用の黒いウェストポーチ…これもまた愛用の品である…から小型の水筒を取り出し、中の麦茶をぐいと呷った。まだ玄関から出て2、3歩しか歩いていない時だった。1メートルほど先を歩いていた昇は立ち止まり、こちらを振り返って静かに待っている。森の緑と補色になる赤のウィンドブレーカーが鮮やかで美しい。もうこの人といられるのはこれが最後なのだと寂しい気持ちになりながらも、静音はなるべく明るい声で、他愛のない話題を振ってみる。
「どうして私たち、こんな山奥に住んでるんだろうね」
ポーチの中のスマホが揺れる。
《さあ》
《2人とも、職場が田舎にあるから?》
《山奥というか、ただの坂の上だけど》
それから、急な坂道を下り、神社の角を曲がり、廃校の前を横切り、目的地の公園を目指す間、昇はしばらく話そうとしなかった。海をすぐ横に見る海岸一周道路の歩道を、昇と並んで歩きながら、静音はこの時間が終わらなければいいと思った。公園に着いたら、聴きたくない話が始まって、2人は二度と一緒に歩けない間柄になってしまうかもしれないのだ。
――だけど、話があると言いつつ、何も言わないなんて、もしかしたら、そういうことではないのかもしれない。
静音は必死に希望のかけらを見つけようとする。
――ただ一緒に散歩したかっただけで、単に誘い方がわからなかった、とか。今までは散歩に行くとき、私の方から声をかけてたもんね。仕事がない時は家に引きこもりがちな昇さんを、少しでも外へ連れ出そうと思って……いや、でもこれまで昇さんの方から散歩に出かけようと言ってくることはなかったし、やっぱりこれは何か良くないことの前触れなのだろう。
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