第10話

《これは柿沢さんだから話すのだけど》


 辺りを見回し、周りに人がいないのを確認してから、昇は再びスマホをしまい、今度は少々むせながら、ぼそぼそと声を使って話し始める。


「私の、り、両親は私が物心つく頃にはもう離婚していた」


 静音にはなぜ昇が口頭で話そうとしているのかすでに分かったような気がした。きっと、これから話すことを、文字に記録として残したくないのだろう。


「しばらくは、母と2人の、母子家庭だったのだけれど…9歳の時、母に新しい恋人ができて、その人が」


 昇は一旦そこで言葉を切った。テーブルに置かれた、彼の両の拳は固く握られ、関節が白く浮いている。静音は昇が精神的に追い詰められてきていることに気づいたが、本人が勇気を出して打ち明けようとしているなら、遮るべきではないと思い、黙っていた。


「時々、夜、布団で休んでいる時に、嫌な触り方をしてきて……母に助けを求めても、信じてもらえなかった」


 静かだった昇の呼吸が乱れ始め、顔からは血の気が引いていく。それでも彼はいつものようにスマホを取り出すことはなく、自分の声で話そうとする。


「あの人がそんなことをするはずなんてない、そうでなければ、お前がたぶらかしたんだろうって……だから、死のうと思って、橋の上から飛び降りようとしたんだけど、知り合いに見つかってだめだった」


 昇が自嘲気味に笑う。


「私は、母が言った通り、本当に根が腐っているのかもしれない。自分がその手のことであれだけ傷ついたのに、この汚い体は、少し抱きつかれただけで図に乗って、あなたの温もりと戯れたがっている」


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