第23話

 嵐士は、昇の姿を物珍しげに見た。これまで彼が出会った大人の中で、池野ほどつかみどころのない第一印象を与える相手はいなかったのだ。身長は180センチを超えていそうな長身だが、やせているのでそれほど威圧感はない。やせ型はやせ型でも、細くてがりがりというよりは、骨格が立派でがっしり型の、ごつごつしている感じだった。眼鏡の奥の小さな目は尖った形をしているが、表情は柔らかく、怖さを感じさせることはなかった。年齢は若く、おそらく、30歳前後といったところか。やせているせいで寒がりなのか、夏だというのに長袖の赤いフランネルのシャツを着ていた。


「国上嵐士。堅苦しいのは苦手なので、嵐士で。そちちは」


 嵐士はいつもの通り、ぶっきらぼうに初対面の挨拶をした。まだよく知らない相手に、愛想よくふるまうのはどうも苦手だった。どうしても警戒心が勝ってしまい、殺伐としてしまう。しかし昇は特にそのとげとげしさを気にするでもなく、朗らかに笑顔で答えた。


「仲間内では昇さんか、ノンちゃんだけど、好きな風に呼んでいいよ」


 嵐士は少し迷ってから相手の呼び名を口にする。


「じゃあ、昇…さん」


 いくら上下関係にこだわらず、誰に対しても同じように乱暴な口調で話す嵐士でも、身内ではない大人を、下の名前で親しげに呼ぶのは、はじめてのことだった。2人の簡単な自己紹介が終わったところで、案内の職員が、遅れてきて昇の配膳を待っていた少女を紹介する。


「こちらが、木ノきのうち志保しほさん。うちの最年少で、高校2年生の16歳」


 職員の紹介が終わっても、少女は会釈の代わりに小さくうなずいただけで、何も話そうとしなかった。こちらも眼鏡で、夏だというのに長袖の、黒いパーカー姿だった。下ろしたままの長い髪は滅多に切らないのか、腰まで届いている。


 職員が彼女の発言を促すためか、再び口を開きかけたところで、昇から自分の分の食事を受け取った彼女は、うつむいたまま、そそくさと自席に戻ってしまった。代わりに、近くのテーブルに座っていた何名かの壮年男女が話しかけてくる。


「君が、新しい子か。困ったらいつでも声をかけてね」


 と、60代半ばくらいに見えるサチさん。町内会にいそうな、普通の、面倒見のいいおばちゃんという感じの人だ。


「嵐士君かぁ、かっこよくて、いい名前だね」


 サチ江さんの隣にいた、頬骨の高い、端正な顔立ちの美月みづきさんが言う。こちらは40歳くらいで、明るい茶色に染めた髪と、耳元を飾る小さなピアス、はっきりした化粧がよく似合っていた。


「変なのしかいませんが、まあ、ゆっくりしていってください」


 最後に、美月さんのさらに右隣…嵐士から見れば美月さんの左隣に座っていた、俊男としおさんが締めくくる。年齢はサチ江さんと同じくらいの年頃で、紺の野球帽をかぶっていた。


 嵐士は3人に対し小さくお辞儀をしただけで、特に何の言葉も返さなかったが、皆、思っていたより健康そうで、何より親切そうな人たちでよかったなと、少し安心していた。内心、もしみんながみんな、父と同じ暴れるタイプの人たちだったらどうしようと、不安でならなかったのだ。

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