第30話

 翌日、嵐士は雨の音で目を覚ました。カーテンを開けると、バケツをひっくり返したような土砂降り。この頃、激しい通り雨というか、ゲリラ豪雨というか、こんな感じの、なんというか、変な天気が多いよなと嵐士は思った。大げさだが、そろそろ自分たちの地球、少なくとも人間の暮らしていける環境はもう終わりが近いのかもしれない。もしこの世界が明日滅びるなら、俺は今日、何をしようか。すぐには現実になりそうにない(そしてなってほしくない)極端な妄想を楽しみながら、嵐士は階段を下りていくのだった。


 嵐士が1階へ降りていくと、リビングではいつもの通り、昇が朝食の支度をしていた。本日の献立は、ご飯、味噌汁、卵焼きに付け合わせの大根おろしと、きゅうりの浅漬け、納豆。ここに来てから1週間ほど経つが、毎回しっかりとした食事が出てくるので嵐士は驚いていた。彼の家での朝食は、大抵市販のカップ焼きそばかコンビニのツナマヨおにぎりで、父が暴れるようになってからは、朝食どころではなく、給食と家での晩ごはんの1日2食が普通になっていた。そのため、和食の淡白な味があまり好みでなくとも、手作りの温かい食事を食べられることは彼にとってありがたく感じられたのだ。


 昇流の朝ごはんを食べ慣れているはずの職員でさえ、朝からこんなに品数を出すなんて、まるで料亭みたいだなと感心している。


「いや、そんなたいしたものじゃないですよ」


 昇が謙遜する。


「うちは養父が厳しくて、下手なものを出したら叱られましたから。こんなまずいもの食えるかって、「巨人の星」の一徹さんじゃないですけど、ちゃぶ台をひっくり返して」


 後半の部分は冗談なのかおどけた風に言って、昇は笑った。


 父という自身にとってトラウマとなる言葉が出てきたこともあり、嵐士は笑っていいのか迷ったが、職員も笑っていたので、とりあえず自分もあいまいな笑みを浮かべておくことにした。別に昇のことを極端に恐れていたわけでも、いじめてきそうな奴だと疑っていたわけでもなかったが、このような、ある種閉鎖された、少人数の狭いコミュニティで敵を作るのは賢い生き方とは思えなかった。嵐士はまだ、物静かな昇が日々どんなことを考えて暮らしているのか、今一つその人柄を掴めていなかったのである。

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