第40話

 嵐士の学校での生活は、初日から散々なものだった。彼が精神障害者向けグループホームから通っているということが、早くも学校中に知れ渡っているらしく、生徒たちは、こちらを見てはこそこそと噂話をして、嵐士が近づくと、さぁっと散らばってゆくのだった。

 

 少年時代のかなり早い時期から不良グループとの付き合いがあった彼は、前の学校では「普通の」生徒たちから恐れられ、避けられていたので、仲間外れには慣れっこだった。しかし、今度こそはこの手のくだらない問題には巻き込まれずに済むのではないかという期待もあり、以前と同じような光景が目の前で繰り広げられた時は、ああまたかと軽い失望を覚えた。


 そして、何よりも、進路の問題。始業式の前々日に行われた進路面談を思い出し、嵐士はため息をついた。


「まだ何も決まってないって…厳しいこと言うけど、就活も、受験も、本番まであと半年もないんだよ。選考対策や勉強そのものにも時間がかかるのに、就職か進学かの大枠も決まってないでどうするの」


 嵐士が進路についてまだ進学か就職かで迷っていると告げた際、担任教師はあきれ顔でそう言った。確かに、本番まで4、5ヶ月しか残っていないこのぎりぎりの時期に、しかも担任の休日を減らしてまで与えてもらった面談の機会に、何も決まっていないなどといえば、叱られるのも当然だろうと嵐士は思った。こんなことなら、面談よりも前にグループホームの職員と相談して、就職か進学かの大枠だけでも決めておけばよかったと後悔する。おかげで、自分だけでなく、担任の時間まで無駄にしてしまった。


 しかし、同時に、本当に何も決まっていないのだから仕方ないではないかとも思ってしまう。嵐士には、将来の希望というものが何一つなかったのだ。人生をかけてやりたいことも、仕事としてできそうなことも、何一つ思いつかない。あるのはただ、漠然とした不安のみ。


――どうせ俺は、親父と一緒で、周りの人生を滅茶苦茶にして終わるだけの、厄介者になる運命なのだろう。メンタルを病んで、周りの人を傷つけて、最期は一人で死ぬんだ。


 嵐士は投げやりな気持ちでカーテンを開け、夜の空を見上げた。もやでけぶり、星のない真っ暗な空には、病的にやせた青白い三日月が、ただ一つ、所在なさげにたたずんでいた。

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