第54話
「昇、久しぶり…でもないか。先週も会ったもんね」
グループホームの前に止めたミントグリーンの小型乗用車から降りてきた静音は、嵐士と職員へのお土産だというプリンの入ったレジ袋をこちらに差し出すと、屈託のない顔で笑った。
「あんまり元気ないみたいだけど、大丈夫? 夏バテかな」
静音の言葉に、昇はあいまいに頷くことしかできなかった。いくら気持ちが固まったとはいえ、これから話す内容を思うと、やはり気が重い。ましてや、松田職員の好奇の目がある前で、いや、体は大丈夫なんだけど、これから別れ話をするから憂鬱で…なんて本当のことを言えるはずもなかった。
昇が問題のメールを送った時、静音の反応は早かった。送信から1時間以内に返事が来て、すぐにこの週末に会おうということになった。メール送信時の食いつきのよさといい、面会当日のこの明るさといい、静音はもしかすると、昇の「大事な話」に全く逆の意味を期待しているのかもしれなかった。例えば、別れ話ではなく、プロポーズとか…。それとも、昇の意図に感づいているものの、あえて無理をして気丈に振る舞っているのか。どちらにしろ昇は静音のことが心配だった。
一方、見送りのため玄関の外まで出ていた松田職員は、昇の静音との面会の頻度が増えたため、2人の仲がいよいよ深まってきたのだと誤解しているようだった。目をかまぼこ型にして、何か言いたそうな様子でこちらを見ている。そして隣にいるあきれ顔の嵐士から、失礼だからもう戻りましょうよと、この場からの退場を促されていた。
それを見た静音はどっちが保護者だかわからないねと笑っていたが、昇は嵐士にも誤解されているのかと暗い気持ちになって、とても笑う気にはなれなかった。皆から幸せな未来を期待されている中で、突然昇から冷や水を浴びせられるような決断を告げられれば、それが人前でなくとも、静音は自尊心も含めてひどく傷つくことだろう。そういうこともあり、車を発進させる前の、じゃ、また行ってきまーすという、職員らに向けた静音の明るいあいさつが、運転席の後ろに座る昇には虚しく感じられたのだった。
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