3ー51 ネコと暮らす幸せ
剣の稽古とセツの手伝い、それに王子としての政務の他に、ミエルのお世話がロワメールの日課に加わった。
お世話といっても魔獣なので知能は高く、眷属ゆえロワメールの言いつけはきちんと守るので、本当に手がかからない。
「ほーら、ミエル、こっちだよー」
ネコじゃらしをフリフリすれば、ミエルが懸命に追いかける。出会った頃は覚束なかった足取りも、ずいぶんしっかりしてきた。
右に左に追いかけたかと思えば、今度はソファの陰からお尻をフリフリ、狙い定めて飛びかかる。だが勢いがありずぎてじゃらしを飛び越えてしまい、ミエルはキョロキョロと玩具を探す。
(なにしてても可愛いな)
ネコ用玩具のじゃらしは、ロロから戻ってすぐ、ジスランが届けてくれたものだった。
――あいつん家に行ったら、ちょうど荷物詰めてたとこだったんで、ギルドに戻るついでに配達に来ました。
届けてくれたのは、ギルド職員、ジスラン担当ベンジャミンである。
箱の中には玩具の他にもネコ用のフードや食器、ブラシからベッドまで、ネコを飼う上で必要な物がひと通り揃っていた。
――みんな、同じマーク付いてる……。
ロワメールが何個か手に取ってみれば、どれにもしっぽを揺らして座る黒ネコの後ろ姿が刻印されている。
――ああ、『ネコのしっぽ』です。これ全部、ジスランの店の商品なんで。
ベンジャミンはこともなげに言ったが、ロワメールとセツは驚いた。
『ネコのしっぽ』とは、ジスランが趣味と実益を兼ねて経営しているペット用品店で、なんとシノンと王都に店舗があるという。
貴族だけでなく、可愛いペットのためにと金に糸目をつけない平民まで利用する人気店で、売り上げはいいらしい。
ちなみに近い将来、第二王子がネコを飼ったことで皇八島に空前のネコブームが到来し、『ネコのしっぽ』も右肩上がりに業績を伸ばすのだが、それは別のお話。
グッズの使い方からネコの飼い方まで教えてくれた非常に親切な職員は、帰り際、後頭部を掻いて言い淀んだ後、徐ろにセツに頭を下げた。
――あいつ、あんなんで誤解受けやすいんですが、確かに色々問題もありますけど、ホントは良い奴なんで、よろしくお願いします。
今なら、ロワメールにもわかる。
(ジスランはわかりにくいけど、ホントは良い奴、だよね)
王子の護衛として、ミエルを殺そうとしたのは当然の判断だった。ネコ好きのジスランにとって、無邪気な子ネコの排除は苦渋の決断だったに違いないのに、彼は魔法使いとして行動した。
けれど子ネコを飼うと決めれば、こうして必要なものを用意してくれる。
ジュールがあれだけ兄を信頼して慕うのも納得できた。
「こら、チビ助、危ない」
ロワメールと遊び終わったミエルは、今度は料理をしているセツの足元にじゃれついている。
かと思えば、物陰に隠れて人の足を急に触って驚かす、イタズラっ子な一面を見せたり、カーテンを登っては降りられなくてみゃーみゃー鳴いたりと、ミエルは忙しい。
けれど、魔獣と言っても子ネコは子ネコ。ミエルは一日の大半を寝て過ごす。ロワメールが書類仕事をしている時は膝の上やテーブルの上で、ソファで寛いでいる時は横にくっついて、いつでも王さまにべったりだった。
セツもカイも、そんなミエルを可愛がってくれていて、ロワメールは安堵する。
自分のワガママでミエルを飼ったが、やはり魔獣だ。不安もあった。セツはともかく、カイには魔獣に拒否反応があってもおかしくないのに、やはりこの男は只者ではない。
「ミエルが怖くない?」
「可愛いものです。宮廷の古ダヌキの方が、よっぽど化け物じみてますよ」
ニコニコと笑いながら言ってのける。
側近筆頭の胆力に感心すればいいのか、恐れを抱けばいいのかわからない。
「まあ、いきなり火を吹いたり、空飛んだりはしなさそうでよかったよ。そんなことされたら、さすがに誤魔化せないもんね」
遊び疲れたミエルは、テーブルの上でお腹丸出しでくーくー眠っている。
ロワメールを信頼しきって、無防備に眠る姿が愛おしい。
「これなら安心して、キヨウに連れて帰れますね」
「そうだね……」
書類仕事を終えた後の、他愛ない雑談。カイの何気ない一言に、ロワメールの胸がズキン、と痛んだ。
キヨウに、帰らなければならない。
この楽しくも幸せな日々は、もうすぐ終わる。
(帰りたくない)
もう取り乱しはしなかったけれど、その事実を受け入れられたわけでも、寂しさを乗り越えたわけでもない。
だが、セツは頑なにキヨウ行きを拒否して、一緒に行ってくれる気配はなかった。
(確かに、セツがキヨウに来る理由はないけど)
このままだと、またセツと離れ離れになる。
五年前の記憶は、ロワメールにとって未だ鮮やかなままだった。
――いやだ! ぼくを置いて行かないで!
黒のローブにしがみつくロワメールの銀の髪を、セツは優しく撫でていた。
――お願い! ずっと一緒にいて!
ギュッと、力の限り黒のローブを握りしめる。
この手を離したら、もう二度と会えないから。
――説明したろう? 俺はマスターなんだ。
――どうしてセツだけが、そんな責任を背負うの!? おかしいよ! そんなの間違ってる!
力いっぱい、ロワメールは不公平を叫んだ。
叫んで叫んで。
泣いて。――けれど。
――ロワメール、すまない。
氷室での長い眠りは、永遠の別離とかわらない。
――お願い、行かないで! ぼくと一緒にいて……!
どれだけ泣いても叫んでも。
小さくなっていく黒のローブは、振り返ってはくれなかった……。
(ぼくはまた、セツを失うのか)
喪失の恐怖は、痛みを伴いロワメールを襲う。
その痛みに目を閉じたロワメールの拳に、柔らかく温かいものが触れる。
目を開ければ、眠っていたはずのミエルが、ロワメールの手に頬を擦りつけていた。
――いいですか、あなたの役目は、その愛らしさでロワ様を癒すことです。わかりましたね?
カイに言い含められた子ネコは、理解したのかしてないのか、最大限の可愛さを発揮して、ロワメールの笑顔を取り戻すのに成功したのだった。
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❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
3ー52 ロワメール対リュカ は、1/24(金)の18:30頃に投稿を予定しています。
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