3ー38 絶体絶命王子様

 ランスはぼんやりと、目の前で繰り広げられる光景を眺めていた。

 魔族だ人だと騒いでいたのが馬鹿らしくなるほど、ほのぼのとしている。


 特に王子様と子ネコの交流は、ややもすると、人と魔族の交流が可能であるかのような微笑ましいものだった。

 マスターは魔者と平然と話し、魔者は魔者で、請われるがまま魔法を教えている。

 そしてマスターが魔法をかければ、小さな魔獣から魔力は感じられなくなっていた。


「どういった魔法をかけたんですか?」

 変化を感じ取れないカイが、確認を取る。

「魔力を封じ込めてる。感知魔法でも引っかからない」

「その魔法は、セツ様が離れても問題ないものですか?」

「こいつ自身の魔力を供給源として、魔法を発動している。生きてる限り持続可能だ」

 カイが矢継ぎ早の質問した。


「見破られる可能性はありますか?」

 王宮には魔法使いも出入りする。その際に正体がバレると大騒動だ。

「俺より強い奴がいたらな」

 セツはニヤリと、自信たっぷりに笑う。

 セツより強い者がいるとしたら、魔主しかいない。


「魔法を使えなくしたってこと?」

「いや、そうじゃない。そうだな……そのチビ助に結界を張って、魔力を感知できなくした、って言えばわかるか?」

 ロワメールに与えた誤解を解き、セツがわかりやすく説明する。


「じゃあ、ミエルは魔獣のままで、他の人にはただの子ネコに見えるってことだね」

「そうだ。もう少し大きくなったら魔法も使えるようになるだろう」


「ミエル、まだ魔法使えないの?」

 ロワメールが目を丸くした。魔族は生まれながらに魔法を使えるのだと思い込んでいた。けれど、掌に乗る小さな子ネコに納得する。

「まだ赤ちゃんだもんね」


「獣は成長するにつれ、徐々に簡単な魔法から使えるようになる」

「となると、うっかり魔法を使わないように教え込まないといけませんからね」

 千草からの助言に、カイが唸った。もし人に見られたら最後である。


「いい、ミエル? 人前で、絶対に魔法を使っちゃいけないよ」

「にゃ」

 わかっているのかいないのか、ロワメールの膝から飛び降りたミエルは、床に敷かれたラグの飾り紐で遊んでいる。


「これは、キヨウに帰る前に、きっちり躾けないといけませんね」

 カイが苦笑しながら教え込む内容を考えていると、人間の赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


「フロー、目が覚めたか」

 千草がいち早く反応し、赤ん坊を寝かせているベッドに向かう。


「どうした? ああ、おしめが濡れているな」

 手慣れた感じで、パパッとおしめを替える。そしてスッキリとしてご機嫌になった娘を抱き上げた。


「喉が渇いたか? 水でも飲むか?」

 コクンと頷くフロランスをファイエットに渡そうとする千草に、セツが遠慮がちに声をかけた。

「なあ、俺にも抱かせてもらえないか?」

 セツが、頬を指で掻いている。ロワメールとカイには意外な申し出だった。


「今十ヶ月か? こんなに重くなるんだなぁ」

 目を細めて赤ん坊を抱くセツに、ファイエットは親近感を覚え、先程よりぐっと親しげに話しかける。

「まあ、先輩さんのお子さんはまだ小さいの?」

「いや、このくらいの時期にはそばにいてやれなかったから」


 その衝撃発言に、ロワメールがピシリッ! と、音を立てて固まった。

(今、なんて言った……?)

 世にも恐ろしい単語を聞いた気がして、ロワメールの思考はフリーズする。


「セツ様も男ですし、三百年も生きてらっしゃったら、過去のどこかで、ねぇ?」

 カイは慰めているのか、引導を渡しているのかわからなかった。 


(セツの、子ども……?????)

 サーッと血の気が引いていく。

 ロワメールにとってはまさに、父親の隠し子が発覚した心境だった。


 まるでその事実を証明するかのように、セツにあやされフロランスはきゃっきゃっと笑っていた。

「子どもの扱い、慣れてますねぇ」


 そのまま貧血を起こして倒れるか、石化して砂となるか――。

 ロワメールは空前絶後のピンチに陥る。


「ロワメールだよ」

 しかし王子様を救ったのは、他ならぬセツその人であった。


「俺が赤ん坊の扱いに慣れてるとしたら、お前を育てたからだよ」

「ぼく……?」

 石化を解かれた王子様は、理解しかねて聞き返す。


「生まれたばかりで、首も座ってないお前に長旅はさせられないから、ある程度大きくなるまで俺が育てたんだ」

「そう、だったの……?」

 そんなの初耳である。


「そうだぞ。俺がおしめもかえて、風呂も入れて、寝かしつけもしていた」

 ちょっと自慢げである。さすがに乳は乳母を雇ったが、それ以外はセツがロワメールを世話していたのだ。


「あら、やだ! お二人は親子だったの? わたし、全然気が付かなくて! ごめんなさい! お若く見えるから、てっきりわたしと同じ年くらいだと……」

 色々勘違いしているファイエットだが、セツは機嫌が良い。どうやら、若く見える、の一言が嬉しかったらしい。

 ロワメールも親子と言われて、なんだかソワソワした。


「ぼく、どんな子だった?」

 まさか自分が、赤ん坊の頃にセツに育てられていたなんて思いもよらず、ロワメールはモジモジしてしまう。


「そうだなぁ……お前は赤ん坊の頃から寝付きがよくて、しかもよく寝る子だったから、楽だったよ。でも、なんで泣いてるかわからなくて、途方に暮れたこともしょっちゅうあったな」

 赤ん坊に触ったことすらなかったから、最初はおっかなびっくりだったと、笑いながら話すセツの表情は穏やかで。


「ただ、小さくてなぁ」

 ロワメールは早産だったため、通常より小さく生まれてきた。フロランスを母親に返しながら、セツはそれが心配だったと言う。


「俺は、お前が無事に大きくなってくれることばかり願ってたよ」

 成長したロワメールを見つめるアイスブルーの目は、ひどく優しくて。


(セツは本当に、ぼくのお父さんだったんだ……)


 改めて知った事実に、ロワメールの心の中にポッと小さく明かりが灯った。




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❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 3ー39『刻印』 は、12/11(水)の18:30頃に投稿を予定しています。


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