3ー14 悲喜こもごも――悲

 短期間とはいえギルドを留守にするので、司に伝えるべく執務室に向かうと、機嫌が悪い炎司と目が合った。

 嫌な予感しかしない。


 要件を済ませてとっとと退散しようとするセツを、アナイスは逃さなかった。

「ちょうどよかったわ、セツ」

 笑顔ひとつでセツの動きを封じる。


 部屋にはアナイスと、同じく不機嫌な顔をしたジスランがいた。


「俺な、数日ギルドを空けるから」

 用事はできないぞ、と言ったつもりだったが、アナイスは気にしなかった。

「構わないわ。ジスランも連れて行ってちょうだい」


「は?」


 素っ頓狂な声を上げたのは、セツではなくソファに座ったジスランの方だった。

「アナイス、ちょっと待て。なんでおれがマスターと」

「セツと行動を共にして、魔法使いというものについて学び直しなさい! いいですね!?」

 セツの都合は一切聞かず、ついでにジスランの文句も一切無視し、アナイスは命じる。


「ちょっと待て。なんの話だ?」

「この間の魔者討伐。ジスランは参加したにも関わらず、戦闘に間に合わなかったとか。もう私は本当に、どうしようかと思ったわよ」

「だからどうして、それで俺に」

「しょうがないだろう。おれが到着した時には、すでにマスターがいたんだ。おれの出る幕なんてないさ」

「いや、いいんだけどな、せめて俺の都合とか」

「そういうことを言ってるんじゃありません! 貴方はいずれ炎司になるというのに……!」

「だからおれは、司なんて興味ないって言ってるだろ」

「俺の意見は……」

「興味があるとかないとか、そういう問題じゃないと、いつも言っているでしょう!」

「適材適所って言うだろ。おれには向いてない。する気もない」

「……………」

「ジスラン!!!!!」

「お、落ち着け、アナイス」

 止まらぬ師弟の口論に、思わずセツが割って入る。


「とにかく、ジスランはしばらくセツと行動を共にしなさい。そうすれば、得られるものがあるでしょう。いいですね?」

「………」

「いいですね?」

 一際圧の籠もった声に負けて、ジスランは肩を竦める。


「セツ、頼みましたよ」

 見事までの事後承諾で、いきなり押し付けられてしまった。


「構わんが……。ジスランには必要ないと思うがなぁ」

 再教育なのだろうが、ジスランはジスランで、魔法使いとして行動している。その行動が他者と違うだけだ。


(それに魔法使いとしての実力も、申し分なさそうだが)

 アナイスが次期炎司にと望むだけあり、その力が飛び抜けているのもわかる。

 しかし、師弟の問題に首を突っ込むのも憚られた。アナイスにはアナイスの考えがあるのだろう。


(それに、ジスランが来るならちょうどいい)

 カヤでは、セツはロワメールと別行動を取る。ランスの姉を探すセツとは別に、ロワメールには一足先にロロに向かってもらうつもりだった。王子の護衛として、ジスランなら十分である。






「マスター! 温泉に行くんですって?」

 リュカから聞きつけたフレデリクが、早速家を訪ねてきた。

「おれも秘書として、ご一緒していいですか?」

 フレデリクはニコニコと、まだ秘書を諦めていないらしい。


「フレデリク……ついて来るのは構わんが、秘書はいらん」

「まあまあ、硬いこと言わずに」


 どうもなし崩し的に秘書に収まろうとしている気配がプンプンする。

(秘書秘書言ってるけど、自称でしょ)


 ロワメールが警戒も顕に、フレデリクを盗み見た。するとすかさず、師匠の暴走をリュカが止めにかかる。

「なに言ってんすか! 油断も隙もない!」

「はっはっは」

「笑って誤魔化さない! フレデリクさん、祭りの実行委員長でしょ! この時期に、なにギルド離れようとしてるんすか!」

 ギルド主催の祭りは二級三級がメインとなり開催するが、実行委員長だけは例年一級魔法使いが担当するのだそうだ。


「それでなくても、こないだの魔者騒動で準備が押してるのに!」

「えー、いやぁ、働き者の弟子が何とかしてくれるかと思って」

「なんともできないです! フレデリクさんの名前と顔がいるから、実行委員長なんでしょ!」


 フレデリクはなんのかんの言って、セツ家にちょくちょくやって来る。手先が器用なのをいいことに手伝いを申し出ては、よくセツと並んで料理をしていた。

 それがまた、ロワメールには面白くない。


 ロワメールが手伝うと言っても、包丁で手を切ると危ないから、とか、油が跳ねると危ないから、とか言って、あまりさせてくれないのに。

(包丁で手を切るとか、ぼく包丁より危険な刀振り回してるのにさ)


 ロワメールは、どうにもフレデリクが苦手だ。

(弟子志望だけで十分だよ)

 しかし追い出す理由がなく、悶々とするしかない。


「ほら、マスターんとこで油売ってないで、行きますよ! 祭り、もうすぐなんすから!」

「師匠を差し置いて、弟子はマスターと温泉へ行くのに?」

「温泉はついでですー」

 ついでどころかメインと化しているが。


「そんな羨ましいこと……ん? 温泉行きって、明日じゃなかったかい?」

「そうっすよ」

「リュカ、仕事入ってなかった?」

「まだまだ先っすよ。例年そうじゃないっすか」

「だから、前倒しになったって、連絡きてなかったかい?」

「………………へ?」

 ピタリとリュカの動きが止まる。変な声が出た。


「えーと……」

 涼しい室内のはずなのに、ダラダラと冷や汗が出てくる。

「そ、そんな連絡ありましたっけ?」

「急な日にち変更で申し訳ないって書いてたけど。うちに、依頼書置きっぱなしにしてたろう?」

 そうだっけか……とリュカは、必死に記憶を遡った。


「甘い物食べすぎて、胃もたれしたって言ってた日だよ」

「はうあ!」

 思い出したらしい。

(依頼書の二枚目見る前にディアとリーズに会って、そんで……)

 リュカから、冷や汗がより一層噴き出した。


「……マスター」

「おう。まあ、こっちは気にせず依頼をこなしてこい」

「すんませんんんんんんん!!!!!」


 セツに丸投げする形になってしまったリュカは、土下座せんばかりに頭を下げる。

 魔法使いにとり、契約は簡単に反故できる軽いものではなかった。

 魔者の脅威がそこにあるとは言え、マスターがいれば事足りる。

 故に、この場合、リュカは契約を優先せねばならなかった。


(ランスのねーちゃん見つけて、魔者退治して、ランスとマスターと殿下と、温泉で祝杯上げるはずだったのに!)

 ガラガラと、夢の時間が崩れていく。


(温泉んんんん! オレも温泉行きたかったあああああッ!)

 リュカは心の中で号泣した。



 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 3ー15 悲喜こもごも――喜 は、9/18(水)の18:30頃に投稿を予定しています。

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