3ー13 国家最高戦力の運用について
客人を居間のソファに座らせ、セツは冷たいお茶を出す。
食堂では、ロワメールとカイが仕事をしていた。隣の部屋とはいえ仕切りもなく繋がっているので、話は筒抜けになる。
「俺の部屋に行くか?」
「いえ、ご迷惑でなければここで」
ランスは力なく首を振った。
「オレがなんとかしてやれたら良かったんですけど、力不足で。マスターんとこ連れてきました」
リュカはよくフレデリクを迎えに来るので、セツ家も慣れたものである。
「いいさ。それで、どうしたんだ?」
セツに促され、ランスは膝の上でグッと拳を握りしめた。
――悪い。力になるとか言っときながら、オレでは力不足だ。
助けると啖呵を切っておきながら、魔者絡みだとするとリュカ一人の手には余る。
居酒屋で、リュカは素直にランスに謝罪した。
――頼れる人がいる。その人に相談しよう。
そして翌日、セツ家を訪れたのである。
ギルドの北の森を歩き、行き先がマスターの家だと聞いたランスは抵抗した。
「マスターに頼るなんてできません!」
最強の魔法使いに助けを請うことに怖気付いたのだ。
マスターは人類の最高戦力。対魔主の切り札。その最強の魔法使いに、一介の魔法使いが助言を請うていいのか。
手合わせを頼むのとはわけが違うのだ。
本来なら魔者が絡んでいるかもしれない今回の件、本部所属のランスは司に相談すべきだった。
それをしなかったのは、不確定要素が多いからだ。
まず、トマスの見たのがランスの姉、かもしれない。
姉が魔者から逃げている、かもしれない。
魔者が姉を攫いに来る、かもしれない。
この状態では、ギルドも討伐隊を組めなかった。最低限、トマスの見たのがランスの姉だと確証がほしい。
それに折悪く、水司も風司も、そして土司も本部を留守にしていた。
森の中で子どものように立ち止まるランスを、リュカは叱らなかった。
「お前は、ねーちゃんを助けたいんじゃないのか?」
「それはもちろん! ですが……」
「悔しいが、オレたちだけじゃ魔者には刃が立たない。わかるか? 弱いオレらは、選り好みできる立場じゃねーんだよ」
リュカの声は静かだが、強くランスの心に響く。
「ランス、魔法使いにとって、一番大事なもんがなにかわかるか? 人の命だ。誰かを助けるためなら、使えるもんは全部使え。マスターへの敬意は大事だ。けどそれより、人の命の方がもっと大事だ」
敬意やプライドと、人の命と。
天秤にかけるまでもない。
「わかったら、マスターんとこ行くぞ」
「はい」
躊躇も遠慮も飲み込み、ランスは最強の魔法使いに助けを求める覚悟を決めた。
ランスから、七年前から昨夜までの出来事を聞き終え、セツは腕を組んだ。
「……人違いだと思いました。でも名前も一緒、泣きぼくろまで姉と一緒だったんです。しかも腕の良い薬師だったって。こんな偶然があるなんて思えない……!」
俯くランスは、まるで苦いものを吐き出すようだった。
「マスター、昔ココノエであった『魔者の花嫁』、知ってますか?」
「ああ」
「オレは、今回の件、それじゃないかと思うんです」
リュカの表情は昨夜とかわらず険しかった。それだけ事態は深刻なのだ。
「緑の髪の魔者に、花嫁か……」
セツは思案顔でふむ、と小さく声を漏らす。
ランスはすぐにでも、姉を助けに飛び出したいだろう。
しかし今は動きたくても動けなかった。
街なかでの目撃情報から、ランスの姉ファイエットが監禁されていないことはわかる。だが、そこから先が不明だった。
魔者の手から逃れ、逃亡しているのか。
それともすでに安全は確保されているのか。
それとも――魔者の監視下で、自由を与えられているのか。
そのどれかにより、対応が大きくかわる。
「まずは、ランスの姉を探すのが先決だな」
「そうっすね。ランスのねーちゃん見つけて、魔者との戦闘にも備えないと」
難しい局面だが、セツとリュカは着々と作戦を立てていく。
「カヤは、今は大きな街なのか?」
「シノンのがデッカイですね。人口は三分の一くらいじゃないっすか」
ファイエットが逃げているなら、彼女の発見、保護が最優先である。
だが魔力を持つ魔法使いは魔者にとって目印も同然で、大人数でファイエットを探せば魔者の注意を引いてしまう。
つまり少人数で挑まなければならない、ということだ。
そしてその場合、花嫁を奪い返しに来た魔者との戦闘が最大の懸案事項となる。
最適解は、魔者の襲撃にも対応できる少数精鋭、だ。
マスターの助力は必要不可欠だった。
「どうか、姉を助けるために力を貸してください!」
「……だから、俺とリュカとランスで行くんだろ?」
そのために自分の元に来たのだと思っていたセツは、今更なランスに戸惑う。
「お二人への対価は、一生かかってもお支払いします!」
当然のように力を貸してくれると言うセツに、ランスはさらに深く頭を下げた。
一級魔法使いとマスターに、二十歳の若造が対価を払えるわけがない。
けれど、どれほどの借金を背負おうと、姉の命に勝るものはなかった。
しかしこれにはセツだけでなく、リュカまでポカンと口を開ける。
「アホかお前は。金なんているかよ」
盛大に思い違いをしているランスに、リュカが呆れた。
「それが仮にも、生死を賭けた戦いを共にくぐり抜けた先輩に対する言葉か? オレは悲しいよ」
リュカは大袈裟に嘆いてみせる。
「前に言ったはずだそ。黒のローブを羽織った以上、お前は仲間だって。仲間が困ってたら、助けるのは普通だろうが。もしどうしても気になるんなら、またオレの晩飯に付き合え。それがオレへの対価だ」
そして事の重大さをわかっていないセツも、あっさりしたものだった。
「なに、ついでだ、ついで」
「ついで……?」
「俺たち、どこか温泉に行こうと思ってたんだ。カヤなら、ちょうどロロ温泉への通り道だろ」
説明されても、ランスの思考は追いつかない。
「ロワメールー、カイー、温泉、ロロでいいなー?」
食堂で仕事をしながらも、話は全部聞いていたであろう二人に確認を取る。
「いいよー」
ロワメールは片手を上げて了解し、カイも頷いて了承を示した。
「と、いうわけだ。俺はロロに行くついでに、ランスの姉さんを探すのを手伝う。それなら問題ないだろ?」
問題ないのか?
不憫なランスは考え込んでしまった。
「温泉行くんすか?」
「ああ、ギルド祭までの間に行ってこようと思ってな」
「いいっすねー」
「リュカとランスも行くか?」
「いいんすか!? やった!」
ランスが当惑している間に、温泉行きまで決まってしまった。セツ達に遠慮するランスへの気遣いかもしれないが、無理が過ぎる。
「おら、いつまでも呆けてんな!」
リュカが、バシリとランスの背を叩く。
「さくっとねーちゃん助けて、温泉行くぞ!」
やや強引にも思えるが、セツは自分を頼ってきた者を無下にはしない。
ロワメールは書類にサインをしながら、やれやれと口元を綻ばせた。
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❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
3ー14 悲喜こもごもーー悲 は、9/13(金)の18:30頃に投稿を予定しています。
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