3ー12 運命を殴り飛ばしに行く

「そーいやランス。お前、ねーちゃんいたのな。そっくりだからすぐわかったわー」

 トマスのその言葉に、ビクリ、とランスの肩が跳ね上がった。


「あんな美人のねーちゃんいたんなら、紹介してくれよー」

「自分の姉は、もういません。人違いです」

 先程までの和やかな空気が、トマスの一言でガラリと豹変する。雪解けを感じさせたのは束の間、ランスの心が再び氷雪に覆われた。


 しかしほろ酔いのトマスはランスの変化に気付かず、饒舌に続ける。

「おりょ? そーなの? 美人薬師のファイエットさん、目元のホクロが魅力的だったー。カヤでいちにの美人だね、アレは」

 言うだけ言うと気が済んだのか、トマスはヒラヒラと手を振って店を出ていってしまった。


「そんな、まさか……」

 あとに残されたランスは、片手で顔を覆う。

 その手が震えていた。

「姉さんが、生きてる……?」


 ランスの家族は魔族に殺されたはずだ。

 他ならぬランス自身から、リュカはそう聞いている。

 そのはずだと言うのに、ランスは激しく動揺していた。


「ランス、落ち着け」

「そんな、なんで……」

 他人の空似と切り捨てられずに、ランスは混乱している。

 リュカは、震えるランスの手首をグッと握った。


「オレでよければ力になる。話してみろ」

「でも……」

「話せ」

 ランスの躊躇いを、リュカは力ずくで取り払った。






「魔者が人間に化けてねーちゃんの恋人のフリをして、魔獣を使って家族諸共殺した、か」

 話を聞き終えたリュカは、唸るように言葉を漏らす。


 魔者はランスの姉を騙し、最悪の形で裏切り、ランスの家族の命を弄んだ……。

 ただ魔獣に殺されるよりタチが悪い。

 ランスの魔族への憎しみと怒りは当然のものだった。


 その上、当時ギルドが山狩を行ったが、黒宝珠がひとつ見つかっただけで魔者の関与は確認されなかった。姉の遺体は魔獣に食われたと考えられ、魔者は子どもだったランスが事件のショックで見た幻覚、として処理されたのだ。無論ランスは納得していない。


「それだけ特徴が一致していれば、トマスの見たのはランスのねーちゃんである確率が高い。ねーちゃんは魔者に連れ去られた時、生きてたってことだ」 

 リュカの示した可能性に、ランスの目に希望が灯る。


 あり得ない話ではない。頭から血を流していたのなら、一時的に意識を失っていた可能性もある。

 なにより、ランスは姉の死を確認していない。だからこそ、トマスの話にあれほど取り乱したのだ。


「あの時、姉さんは生きていて、それで魔者から逃げることができた……?」

 それは、ランスにとって突如現れた一筋の光だった。

 しかし、リュカの表情は険しい。


(光には違いない。けど、これは……)

 ランスの希望とは裏腹に、リュカの懸念は膨れ上がった。

 もしもランスの姉が生きているのだとしたら、事件の様相はガラリとかわる。


「ランス、お前の気持ちもわかるが、喜ぶのはまだ早い」

「どういう、意味ですか」

 その警告に、一瞬にしてランスから表情が消えた。


 リュカが思考をまとめるのように、トン、トン、と指でテーブルを叩く。


 誇り高い魔者が、人間に化けて恋人のフリをしていた。

 殺された家族。

 魔者に連れ去られた姉……。

 

 もしランスの姉が生きているのなら、それは、魔者に生かされたからに他ならない。

 それが、どういう意味を持つのか。

 

 リュカは浮かび上がってきた真実に、苦々しく息を吐き捨てる。

 今となっては、ランスがこれまで思ってきた筋書きの方が何倍もマシだった。


「いいか、よく聞け。ねーちゃんが生きてるんだとしたら、ランスの家族が殺された意味合いが違ってくる。魔者が遊びじゃなく、目的があって殺したってことだ」

 ランスの青灰色の双眸がゆっくりと見開かれる。

 酒場の喧騒が、二人を周囲から隔絶した。

 

「昔ココノエで、魔者がある貴族の令嬢を自分の花嫁にしようとしたことがある」

 令嬢の美しさは、ココノエから遥か王都まで届いていたという。ハチミツのような黄金色の長い髪の、それは美しい令嬢だったと伝えられている。


 ――人間にくれてやるには惜しい。

 ――お前を、我が花嫁としよう。

 ――婚礼の支度を整えよ。一月後に迎えに来る。

 

 一方的な要求を突然突きつけられた令嬢の家族と婚約者は、すぐさまギルドに助けを求めた。

 ギルドは討伐隊を結成、令嬢を奪いにきた魔者を迎え撃った……。


「ランスのねーちゃんは、その時の令嬢のように、魔者に花嫁として望まれたのかもしれない」

「そんな……」

「オレの推測だ。だが……」


 それなら全ての辻褄が合う。

 恋人としてランスの姉に近付き、家族を魔獣に殺させ、一人きりになった姉を誰にも邪魔されず手に入れる――。

 ロワメールという人外級の美貌のせいで感覚が麻痺しているが、ランスとて文句のない美青年だ。その姉なら、魔者が興味を引かれるのも頷ける。


 ランスの整った顔が、絶望に染まった。


 姉が、魔者に花嫁として奪われた――。


 その残酷な現実に、ランスの体中から力が失われた。

 ガクリと椅子に沈み込む。


 項垂れるランスを見つめ、リュカは同情と哀れみを禁じ得なかった。

 何故、ランスばかりがこんな目に遭わねばならないのか。

 リュカは運命を殴り飛ばしたい衝動に駆られ――それを実行に移すことにした。


「なに絶望してんだ、オレたちは魔法使いだぞ?」


 打ちひしがれた青年が、のろのろと顔を上げる。


「例え相手が魔者だろうと、ねーちゃん助けんぞ!」

 青灰色の瞳が焦点を結ぶ先で、リュカはニッと頼もしく笑ってみせた。






 温泉行きが決定し、さてどこへ行こうかと迷う。

 論文を読みながらも、セツは気がそぞろだ。めずらしくウキウキしているセツに、ロワメールも嬉しそうである。


「ロワ様、こちらにもサインを」

 セツはソファのいつもの場所で論文を読み、ロワメールとカイは食堂のテーブルで書類仕事を片付けている。

 国家の重要書類だったりするが、今ではセツ家の食堂が第二王子の臨時執務室だった。外は真夏の暑さだが、家の中はセツが魔法で室温を快適に保っているので、仕事も捗る。

 だから、玄関をノックする音に席を立ったのはセツだった。


「リュカ、とランス? どうした?」

 足繁く通ってくるジュールかフレデリクだろうと思ったら、そこに立っていたのは意外な組み合わせの二人だった。

「マスター、すんません! 力貸してください!」

 リュカとランスにいきなり頭を下げられ、セツは面食う。なにかしら事情があると察し、二人を招き入れた。

「とりあえず、あがれ」



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❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 3ー13 国家最高戦力の運用について は、9/11(水)の18:30頃に投稿を予定しています。

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