3ー15 悲喜こもごも――喜
ヒノ領カヤは、シノンとはトダ山脈を挟んだ西隣である。
シノンとは街道で結ばれ、トダ山脈の南端をほぼ一直線に真西に通り抜ければ、馬車で一日ほどの距離だった。
セツ一行は朝ギルドを出発し、夜にはカヤに到着予定である。
街道を行く馬車にはセツ、ロワメールと、ジュール、ジスランのレオール兄弟が乗っていた。カイは騎乗で護衛し、ランスは遠慮して、警備も兼ねて風魔法で上空を飛んでいる。
馬車は、レオール伯爵家所有のものだった。シノン領主のものに引け劣らぬ、二頭立ての豪華で立派な馬車である。
弟も連れて行ってもらうので足くらいはこちらで準備すると、ジスランが用意したのだ。
何故ジュールも同行しているかと言えば、答えは簡単である。ジュールの作戦勝ちであった。
「ズルい!」
弟がふくれて、ジスランを睨んでいる。
「ズルいズルいズルいズルいズルい!! 兄さんだけズルい!!」
「おれだって、行きたいわけじゃない。アナイスが……」
「ズールーいー!!!」
ジスランの言い訳など耳を貸さず、ジュールは連呼した。
ジスランがセツ達と温泉に行くことになったと聞いて、ジュールは拗ねに拗ねまくったのだ。
こうなることは予想できたから、弟と顔を合わせないよう妹の家にも行かず、別邸にいたのに。
そんな時に限って、ジュールはジルの所ではなく別邸の方に帰ってきたのだ。
そして執事のスチュアートが荷造りをしているところに鉢合わせてしまったのである。その後の騒ぎようといったら、手がつけられなかった。
「なんで兄さんだけ!? そんなのボクだって行きたい! 兄さんズルい!!」
「おれも行きたくて行くわけじゃ……」
「行きたくて行くわけじゃなくても、行くんでしょ! ズルい!!」
ランスの事情を考慮して言葉を濁したのがまずかった。
――アナイスに、マスターと一緒に行動しろと言われたんだ。
――へ、へえ。
この辺りですでに、ジュールの表情はおかしかった。憧れのマスターに、おおっぴらにへばりつけるのが羨ましかったのだろう。
――マスターの家に泊まり込みするの?
――いや……温泉に行くらしくて……。
さすがに弟を直視できず、ジスランは目を逸らしてしまった。
仕事ならともかく、完全なプライベートで、その上温泉。しかもマスターが行くなら、もれなく王子もついてくるのだ。
そんな羨ましくも妬ましい状況、ジュールが黙っていられるわけがなかった。
こうして近年稀に見る、駄々のコネぶりができあがったのである。
恨みがましく睨まれて、ジスランもタジタジだった。
「ボクも、兄さんと一緒に行きたいな」
しかしここにきて、ジュールは作戦をかえてきた。
「ボク、兄さんと温泉行きたい。ね、ボクも連れてって」
ここで、マスターと、と言わないあたりがジュールも策士である。
ジスランもジスランで、わかっていても、兄さんと、と言われると冷たくあしらうことができなかった。
「いや、おれはマスターについて行くだけだから、おれの一存では……」
すでに劣勢である。
「それに、レオはどうした? 毎日見舞いに行ってるだろう?」
「退院したよ」
苦し紛れに弟の友人の名を出すも、空振りに終わった。
「よかったな。けど、退院しても、色々たいへんなんじゃないのか?」
肋骨の骨折は、まだ完治していないはずだ。日常生活も不便が多かろう。
優しい弟は、放おっておけないはずだ。
「レオ、フレデリクさんの家でお世話になるんだって」
ジュールも家に来るように誘ったが、断られてしまった。
この別邸なら使用人もいて、生活の手助けができると考えたのだが、レオはフレデリクの家で修行に励むそうだ。
そう言われれば諦めるしかないし、ヤル気に満ちたレオを応援するしかなかった。
「ああ、そうか。レオは土使いだからな」
土使いは、四属性の中でも特に結束が固い。怪我をした後輩を放置はしないだろう。
しかしそうなると、ジュールをシノンに繋ぎ止める理由がなくなった。
レオの療養中は仕事もこれまでのようにできないし、憧れのマスターも、最近ご執心の王子様も温泉……。
魔者の花嫁奪還作戦は、少数精鋭で極秘裏に進める任務であり、ランスの個人的情報が多分に含まれる。言うか言うまいか悩んだが、背に腹は代えられず、ジスランは真実を打ち明けた。
「温泉には行くようだが、マスターはその前に、ランスの姉を探すそうだ。おれはその間の殿下の護衛を頼まれている」
「どういうこと?」
ジュールが訝しむ。
ジスランが事情を説明すると、ジュールは真剣に耳を傾けていた。
「なら、なおさらボクも行く。連れてって」
駄々っ子な末っ子から一級魔法使いの顔へとかわり、ジュールは先程より確固たる意志で兄に詰め寄る。
「だから、遊びに行くだけじゃないんだ。マスターの目的は花嫁の保護で、おれは殿下の護衛を」
「だからだよ」
ジュールが、ジスランの言葉を遮った。
「マスターが思ってる通りにはならないと思うよ」
兄よりロワメールの性格を把握しているジュールは、確信を持っている。
「どういう意味だ?」
「そのままだよ。マスター達と別れて先に温泉なんて、殿下はきっと行かないよ。それにボクはランス先輩にはお世話になってるから、お姉さんを探すなら手伝いたいし、もしマスターの予定通りになったとしても、殿下の護衛が足りないでしょ」
兄の実力は疑っていないが、王子の護衛が一人では少ない。戦力の話ではなく、外聞である。
ジスランは形の良い顎に指を当て、しばし考え込む。
弟の言い分は筋が通っていた。
ジュールは一人の魔法使いとして、ジスランに人員追加を訴えている。
「……わかった。おれからマスターに話しておく」
「ありがとう、兄さん」
執事スチュアートが、黙ってジュールの荷造りを始めた。
弟の成長を噛みしめ、感慨に耽るジスランの裏で。
ジュールが小さくガッツポーズをしたことを、執事スチュアートだけが見届けたのだった。
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❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
3ー16 逆差別反対! は、9/20(金)の18:30頃に投稿を予定しています。
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