15 眠れぬ夜に

「セツ、少しいいですか?」

 ノックをして顔を覗かせたロワメールは、そこで動きを止める。


 ジーッと室内を見た。

「なんでいるわけ?」

「いえ、ちょっと眠れなくて? セツ様にお相手願ってたんです」

 じっとりと半眼を向けてくる主に、カイはいつものようにニコニコと笑顔を返す。

「ふうん?」

 カイは椅子に座り、セツはベッドの上で壁にもたれている。どこで見つけてきたのか、手には酒の入った杯が握られていた。


「どうした?」

 いつから飲んでいたのか。セツの目は、少しトロンとしている。

「お前も眠れないクチか?」

 船内では体も動かさず、どうしてもなかなか寝付けない。

「それもありますけど……。今後の確認をと思ったんですが、明日でも」

「別にたいした話はしてないから、かまわんさ」

 促され、セツの隣に座る。彼に見習い、ロワメールも壁にもたれた。


「コウサについてからは、どうするんですか?」

 船は出航したばかり。今日でなくても構わない話だ。眠れないロワメールが捻り出した口実である。


「ふむ。そうだな」

 アイスブルーの目が宙を彷徨い、思考をまとめた。


「まずギルドに行って、魔力反応を確かめたコウサ支部長に話を聞く。それから、コウサ領主に事件当時の詳しい状況を聞きたい」

「再捜査されるのですか?」

 カイが驚く。セツは司の決定を不服としているのか。


「今回は念のためな。どうも引っかかる」

「というと?」

「今回の事件、婚約者を殺された復讐、そんな単純なものとは思えないんだ」

 カイに促され、セツは言葉を濁しながら続ける。

「第四の事件が、どうもな」


 コウサ領主ウルソン伯爵襲撃の件だ。首を斬られるも、一命を取り留めている。


「お前達は、おかしいと思わないか?」

 ロワメールとカイは顔を見合わせた。

「実は、ぼく達はウルソン伯と面識があります」

 領地を治める貴族と王族、接点があっても不思議はない。

「彼が、横領や殺人に関わる人物とは思えないんです」


 第一の被害者アシル・シス・アロンと個人的なトラブルがあったなら別だが、領主であり伯爵家当主が横領をするとは思えない。


「ふむ。襲われた理由も謎か」

「セツは、なにが気になるんですか?」

「殺されなかったことだ」


 ロワメールは首を傾げる。

「伯が逃げて、事なきを得たからでは?」

「戦闘職の一級魔法使いが、みすみす逃がすとは思えん」

 すでに二人殺しているのに、躊躇ったわけではあるまい。


「あれ? 言われてみれば、確かにおかしいね」

「魔法使いなら、背を向けて逃げる相手にとどめを刺すくらい、簡単にできそうなものですが……」 


 セツに指摘され浮上した違和感は、一度認識すると、とてつもなく不自然に感じられた。

「まさか、わざと見逃した?」

「なんでそんなこと……」

「時間をかけて、嬲り殺すためでしょうか?」

「カイ! 発想が怖いよ!」 


 一人目二人目と同じ手口で襲い、恐怖を植え付ける為というなら、効果は抜群だろう。しかし、果たしてそれが目的か。


「理由はわからん。だが、殺さなかったことには、意味がある気がする」

 セツは杯を口に運びながら、難しい顔をする。


「なんでわざわざそんなことを? ウルソン伯の証言で、自分が犯人だってバレるのに……」

 ギルドの掟を破れば殺されるのだ。自分の命を賭けてまで、なにをしようとしているのか。


「ひょっとして、婚約者の後を追うためにわざと……?」

「それは、ギルドで聞いた裏切り者の特徴と一致しないな」

 苦いものを飲み込むように、セツは酒を喉に流し込んだ。

 気が強く、自信家で傲慢。そんな人間が、自分から死を望むか?


「そのような人物なら、反撃してくる可能性も考慮しなければなりませんね」

 カイは下船後の王子の安全を懸念する。


「どうかな。これまで俺に刃向かってきた奴はいないし、そもそもそんな気概があるなら、ギルドを裏切る真似はせんだろう」

 セツは、杯の酒を飲み干した。


「では、裏切り者は逃亡を図るか身を潜めるか、ですね」

「逃げようが、隠れようが、魔法使いで…ある限り、俺からは……逃げられんよ」

 頼もしいマスターの言葉である。


「セツ様が再捜査をなさり、もし万が一、司に間違いがあった場合、セツ様はそれを正すことができるのですか?」

「そう……だ、な……」

「裏切り者の処罰に関する最終決定権は、セツ様にあるのですね」

 ギルドの最高責任者である司の決定を覆せる、セツにはそれだけの権力があるということだ。

 なるほどと、意味深に納得したカイの前で、セツの体が大きく傾ぐ。


「……ん?」

 急に右肩に重みを感じ、ロワメールが見れば、白い髪が目の前にあった。

「セツ?」

 顔を覗き込めば、ついさっきまで喋っていたセツが眠っている。

 カイが慣れた動作で、セツの右手から空の杯を抜き取った。


〈カイ! 一体どれだけ飲ませたの!? セツ、お酒強くないのに!〉


 眠ってしまったセツを起こさぬように、ロワメールがヒソヒソと詰問する。

 5年前も養父に付き合って、セツはあっけなく酔い潰れていた。


〈そうなんですよねぇ。セツ様、お酒弱いのに、誘ったらいつも律儀に付き合ってくれて〉

〈いつも!?〉

 自分は自重していたのに、この側近は毎晩セツと晩酌をし、ちゃっかり友好を深めているのか!


〈いやぁ、セツ様がロワ様の王宮での様子を聞きたがって……痛い!?〉

 セツを横にする為近寄ってきたカイの足を、我慢できずにゲシゲシと蹴りつける。

〈ロワ様ひどい!〉

 主の横暴を訴える側近は無視して、ロワメールは明かりを消して部屋を後にする。


「セツ様、目つきは悪いけど、優しいですよねぇ」

「………」

「えーと、まだご機嫌斜めで? セツ様が、ロワ様の話を聞きたがったんですよ?」

「セツは目つきが悪いんじゃない。鋭いだけだ!」

 言い捨て、カイを廊下に残してバタンと自室の扉を閉じる。


 明日からは、遠慮しないで夜も部屋を訪ねよう、とロワメールは心に決める。

 名付け親と過ごせるのは、裏切り者を追う、このわずかな期間しかないのだ。


 あと何日あるだろう。

 あと何回話せるだろう。

 いくら時間があっても足りないのに。

 それが終われば、セツはまた長い眠りに就くのだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る