14 海と説教は続くよどこまでも
「まったく、お前って奴は。ほいほい国宝級の魔剣なんか抜いて……」
(えーと)
「もう少し慎重にだな……」
(ぼくはなんでまた、セツに怒られてるんだっけ……?)
ロワメールはつらつらと記憶を遡る。
部屋は狭く、殺風景だ。ベッドとテーブルと椅子が一脚。ソファもクッションもないが、ここがこの船の一等船室らしい。
セツが椅子に座り、ロワメールとカイが寝台に並んで座っている。
船はシズ港を発ち、すでに半日。
ヨコク島に向けて、大海原を南西に進路をとっていた。
群島国家である皇八島は、航海術、造船技術が発達していた。隣接する島とは小型廻船が往復して人と物資を運び、離れた島々も大型廻船が航路を結ぶ。
ユフ島からはキキ島を越え、更に南西に進むとヨコク島だった。
「ぼくも大部屋でよかったのに」
目立つことを懸念し、王家の船ではなく一般の乗り合い船に乗船したのだが、客のほとんどは船賃の安い大部屋で過ごす。
セツやカイと大部屋で雑魚寝しながらの船旅も楽しそうだと、ほんの軽い気持ちで言っただけだったのに……。
(ああ……)
セツは昔から、ロワメールに小言が多い。そして始まると長いのだ、これが。
長く生きるセツは、現在のように平和な世の中だけを見てきたわけじゃない。
だがらロワメールよりも、うんと身の安全というものに過敏なのかもしれない。それはわかるのだが。
隣ではカイが、これ見よがしにウンウンと頷いている。こんな時ですら笑って見える細いタレ目が憎たらしい。
「子どもの頃から、すぐ変な奴に目を付けられるんだ。王子になったのなら尚更、もっと自覚を持ってだな」
「そんな昔の話、今持ち出さなくても……」
「今も昔もあるか!」
「変な奴に目を付けられる? そんな話、聞いてませんけど」
聞き捨てならぬと、カイが身を乗り出す。
「こいつは子どもの頃、何回も誘拐されそうになってるんだ」
「なんですって!?」
大きな溜め息と共にセツが吐き出せば、カイが驚きのあまり細い目を見開いた。
「何回もって、そんな大袈裟な……」
「俺がいた間だけで、三回は連れ去られかけただろうが!」
「だから、あの時だけですってば」
「普通は一生、一度も誘拐されずに終わるんだよ!」
「誘拐されたことは一度も……」
「未遂でも大問題だ!」
皇八島では、人身売買など認められていない。しかし、ロワメールほど美しい少年ならば、罪を犯し大金を積んでも手に入れたいと望む者はいるだろう。
「そいつらに売り飛ばそうと、ロワメールを狙う奴らがいたんだ」
それが、ロワメール十三歳の時。運良くセツが、少年のもとを訪れていた時だった。
「でも、あれからは本当に何事もなく」
「そういう問題ではありません!」
カイの表情は見る間に険しくなるし、なんとか穏便にすまそうにも、いかんせん内容が物騒すぎた。
「いや、セツが組織丸ごと潰してくれたし、犯人たちも死ぬより恐ろしい目に遭ったんじゃないかな……」
ロワメールが当時を思い出し、セツから目を逸らす。過剰防衛なんて言葉があるか、どこまでが過剰の範囲内か。
「今後、ロワメールに手を出そうなんて馬鹿な奴が現れないよう、ちょっと派手にしただけだ」
「ちょっと……?」
「ちょっとさ」
しかも本人が、全く悪びれていない。
「セツ様の方で、処分してくださったんですね。なら良かった。あ、王族に刃を向けるのは極刑なので、犯人がどうなろうと法には抵触しませんので、ご安心を」
カイがしれっと恐ろしいことを言う。
捕らえられた犯人たちは、よほど怖かったのだろう。一刻も早く頑丈な牢屋に自分たちを閉じ込めてくれと、泣いて騎士に縋りついていた。
「あれ? でも、魔法使いは一般人に魔法は使えないですよね?」
そこでカイが、魔法使いの三大タブーを思い出す。
魔法を私闘に使用せず、だ。
「俺が掟を破ってどうする」
確かに、魔法で人を傷付ける行為は禁止されている。しかしそれはなにも、杓子定規なものではない。自衛は許されているし、当然、犯罪を阻止するための魔法も認められていた。
「ま、俺の師匠はしょっちゅう一般人とケンカしてたがな。素手なら掟は破らん」
「どんな師匠ですか!?」
「……ろくでもない奴だったよ」
言葉とは裏腹に、その目は過去を懐かしんでいる。
オジ、という名の先代マスターで、セツの育て親だとロワメールは聞いていた。
若くして亡くなり、それからセツはずっと――たった一人だ。
「とにかくだ。王子であろうとなかろうと、お前は目立つんだ。いい加減自覚しろ。それなのに、まったく、お前って奴は。ほいほい国宝級の魔剣なんか抜いて」
「あの刀は国宝級じゃなくて、国宝ですね。王室の宝物庫から出されたものですから」
(カイの馬鹿!)
心の中で、ロワメールが側近を罵った。
そんなこと言ったら、セツの説教が更に長くなるじゃないか!
「カイ! お前もだ! わかっているなら、あの場はお前が止めるべきだろう!」
言わんことではない。矛先が、カイにまで及ぶ。
「どれだけ腕に自信があろうと、わざわざ自分から危険に飛び込む必要はない。それなのにお前たちときたら……」
何故カイは、セツに怒られてほんのり嬉しそうなのか。
「お前ら、あの魔獣だけじゃなく、他にも色々やらかしてるだろう」
ロワメールはギクリとした。
どうしてバレているのか。
「お前たち、実戦慣れしすぎているんだよ」
(これは、ヤバい気がする……)
腕を組み、セツは二人を睥睨している。
絶対! 凄く怒られるやつだ!
「あ! あー! セツ! そろそろ良い頃合いかと思うんですけど」
ロワメールはわざとらしく声を上げ、テーブルに置かれた茶器に手を伸ばす。
「はい。セツに言われた通り、濃いめに淹れたよ」
じっくり時間をかけた水出しのお茶は、綺麗な緑色だった。
セツは差し出されたお茶を一口含む。まろやかな甘味と旨味に目を細め、茶碗の上に手をかざした。ポチャポチャと音が鳴り、湯呑みに氷が落とされていく。
「おおー」
この時期、冷たいお茶は最高の贅沢だ。
「いやぁ、冷たくて美味しいですねぇ」
「ロワメールの淹れるお茶は、美味いからな」
ロワメールは、まんまとセツの気を逸らすことに成功する。
美味しいお茶をくれた行商人に感謝であった。
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