13 魔剣
街道を行く旅人や行商人を追い越して、ガタゴトと馬車が揺れる。
ユフは山の島と言われるだけあり、3000メトル峰の険しい山々を抜ける道が続く。
朝早くに出立したので、夕方にはシズの港町に到着の予定だった。
道の両脇にはカラマツやミズナラといった木々が繁って真夏の太陽を遮るが、代わりにセミの鳴き声が幾重にも折り重なって降り注ぐ。
今日も暑くなりそうだった。
その異変に最初に気付いたのは、セツかカイか。
「セミの声が……止んだ?」
馬車の中で、頬杖をついて車窓を眺めていたアイスブルーの瞳が鋭さを増す。
同時に、カイは道の先から人々が慌てふためき、逃げてくるのを見つける。
「どうした!? なにがあった!?」
「魔獣だ! 逃げろ!」
その一言に、カイの顔色がサッとかわった。
「ロワ様!」
「聞こえた!」
カイの呼びかけにロワメールが、次いでセツが馬車から飛び降りる。
街道は、恐怖におびえ、逃げ惑う人で混乱に陥っていた。しかしそこに現れた魔法使いの姿に、人々は希望に顔を輝かせる。
「魔法使い!」
「魔法使いだ! 助かった!」
黒のローブに、その場の恐慌が払拭される。
魔獣は、魔族の一種だ。形はこの国に生息する野生動物に似ているが、魔力を持ち、時に人間を襲う。
そして魔族を倒せる魔力を持った人間、それが魔法使いだった。
「数は?」
「一匹だ!」
セツの問いに、誰かが答える。
「ロワメールはここで……」
「セツは、そこで見ていて下さい」
セツの横を、ロワメールがスッと通り過ぎた。その右手は、すでに刀の柄を握っている。
「おい!?」
「あなたに守ってもらいたくて、一緒に来たわけじゃない」
ロワメールは、もはや振り返らなかった。逃げる人々を追って現れた魔獣に意識を集中している。
眩い陽光の中、その姿はあまりに異様だった。姿形はサルに似た、だが大きさは二倍はあろうか。体毛は黒く染まり、魔力を宿した両眼は狂気の光で緑に輝く。
「カイ。行くよ」
「御意」
カイが二振りの短剣を両の手に構え、ロワメールの傍らに控えた。
魔獣と対峙し、ロワメールがスラリと刀を引き抜く。
セツが、大きく息を飲んだ。
これまで鞘によって封印されていたのか、セツですら見抜けなかった。
研ぎ澄まされた刀身から放たれる、鮮やかな魔力の気配。
「魔剣か!」
魔力を秘めた刀剣は製造が極めて難しく、希少な逸品だ。けれど魔族との戦いにおいて、魔法使いと並ぶ有効打となる。
「おいおい、さすが王子様だな」
しかも、刀身に込められた魔力は四色。
国宝級だ。
「カイ!」
「承知しております!」
二人はバッと飛び出した。
一気に距離を詰めると、カイは真正面から、ロワメールは魔獣の左手から同時に刀を振り下ろす。
魔獣は片方の手でカイに襲いかかり、もう片方の腕でロワメールの刃を受け止めようとする。が、ロワメールの刀は、ただの刀ではない。刃を受け止める手を、紙のように斬り裂いた。
「ギャーーーッ!」
片腕を失った魔獣が、空気を震わせ咆哮した。
狂暴な緑の目が、二人を獲物ではなく敵と見定める。だが、二人は怯むことなく攻め続けた。
魔獣が残った右腕で炎を放とうとするも、ロワメールがすかさず阻止する。
その後も魔剣が魔法の発動を阻み、カイが魔獣の注意を引き、ロワメールがその隙を逃さず斬りかかる。
二人は、明らかに戦い慣れていた。
「なあ、魔法使い。いいのかい、あの兄ちゃんたちに任せて」
馬車の横で戦いを睨み据えている魔法使いに、逃げて来た男の一人が恐る恐る声をかける。
「……あいつが、見ていろと言ったからな」
カイに気を取られ、がら空きの眉間を魔剣が狙う。
目前に迫った魔力を帯びた刀身に、魔獣は怯んだのか。
敵が動きを止めた一瞬を逃さず、ロワメールは魔剣を振り下ろした――。
「うわあ! やったぞ!」
「魔獣を倒した!」
「兄ちゃんたち、ありがとう!!」
安全な魔法使いのそばで見守っていた人々が、口々に喝采と感謝を叫ぶ。
ロワメールは微笑みで歓声に応え、カイは行商人から、お礼にと様々な商品を手渡されていた。
興奮冷めやらぬまま、人々がまた旅路につくのを見送ると、馬車の横にはセツが待っていた。
仁王立ちで腕を組み、セツは不機嫌さを隠しもしない。
色違いの瞳もじっとセツを見返すが、機嫌の悪さにやや怖気付いていた。
「俺がいるのに無茶するな」
「痛っ」
ロワメールの額がピンと指で弾かれる。
「ぼくはもう子どもじゃない。セツに守ってもらわなくても……痛い!」
反論するロワメールの額にもう一発。気のせいか、さっきのより痛い。
「カイもだ。無茶をするな。ロワメールにも無茶をさせるな。それが役目だろう」
ギロリとアイスブルーの目で睨まれ、カイも震え上がった。魔獣より、よほど迫力がある。
せっかく魔獣を倒したのに納得いかず、ロワメールは不貞腐れた。
「国民を守るのは王族の義務です。それにぼくとカイで、あらかたのことは対処できると言ったのに」
額をさすりながら、なおも小声で不服を申し立てるロワメールの今度は頭に、セツの手が伸びる。
拳骨を予期し、ロワメールはぎゅっと目を瞑った。
けれど覚悟した痛みはなく、かわりに銀の髪が乱暴にぐしゃぐしゃと掻き回された。
驚きに目を開けば、力一杯撫でまわされて揺れる視界の先で、セツが笑っている。
「よくやった!」
セツが、褒めてくれた。
その一言で、誇らしさで胸がいっぱいになる。
込み上げる嬉しさに、ロワメールは満面の笑みを浮かべた。
そしてセツは、通り過ぎざまにカイの頭も撫でていく。
「カイもよくやったな」
山と積まれたお礼の品で両手が塞がったカイは、咄嗟に反応できずに立ち尽くす。
(子どもでもあるまいに、頭を撫でられて嬉しいわけもないのに)
俯くのは、顔が熱い自覚があったからだ。
緩んでしまう口元を引き締めるのは存外難しいのだと、カイはこの時、初めて知ったのである。
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