3ー10 温泉へ行こう

「セツは、どこか行きたいとこないの?」

 シノン滞在期間が延びたことで、ロワメールは落ち着きを取り戻していた。

 セツもカイも一時はどうなることかと心配したが、ロワメールも取り乱すことなく、今では祭りを楽しみにしている。


 月末のギルド祭までは、まだしばらく日にちがあった。カイはなにやら忙しそうに動き回っているが、ロワメールはキヨウから送られてきた書類に目を通してサインをする他は、至ってのんびり過ごしている。


 そんな日々が暇になったから、ではないかもしれないが、ある日の昼下がり、王子様はセツにそんな質問をした。

「行きたい所?」

「うん。祭りまで日にちがあるし、それまでの間にさ」

 遊びに行こう、というわけだ。


「行きたい所か……」

 本日のおやつ水羊羹を食べながら、セツが思案している。セツの空いた湯呑みに、ロワメールがお茶を注ぎ足した。

「ああ、ありがとう。ロワメールはどこか行きたいのか?」

「ぼくじゃなくて、セツの!」


 祭りだって、ロワメールが行きたいと言ったから、セツが連れて行ってくれるのだ。

 そうではなくて、セツが、行きたい所だ。

 行きたい場所でなくてもいい。したいことでもいいし、食べたいものでもいい。

 セツが楽しいと感じることがいい。


「そうだなぁ。うーん……」

 ロワメールは、そんな難しい質問をしたつもりはなかった。

 しかし遊ぶことに無縁なセツは、すぐにはなにも思い浮かばない。腕を組んで考え込んでしまった。


(三百年生きていても、遊びに行きたい場所ひとつ出てこない……)

 ロワメールには、そんなセツが不憫でならない。

 ただひたすらに、魔法使いを守るために生きてきたセツ。

(これからはぼくが、セツをいっぱい楽しませてあげたい)


 楽しいことを。嬉しいことを。

 セツが、笑顔になれることを。

 マスター以外の生き方を。

 セツ自身の生き方を。

 

 紛れもなく、心の底からそう思ったのだけれど。


「うーん……じゃ、温泉?」

「え? また温泉?」

 ロワメールとカイに見守られ、ようやく捻り出された答えに、王子様は肩透かしを食らう。五年前も、二人で温泉に行ったのだ。


「どこでもいいって言ったじゃないか」

「言ったけどさぁ……。他になかったの? セツ、ホント温泉好きだよねー」

 ロワメールは、なんだかあんまりテンションが上がらない。


「お師匠が、お風呂好きな影響じゃないですか?」

「なんで、師匠の風呂好き知ってるんだ?」 

 三百年前に亡くなった師匠の嗜好をカイに言い当てられ、セツは驚いた。師匠のオジは、よく鼻歌を歌いながら長湯したものだ。


「だって、この家建てられたのお師匠でしょう? 普通の家庭に、あんな大きな風呂はありませんよ」

 この家の風呂は、ちょっとした旅館並みの広さがある。とても個人宅の風呂ではない。

「よほどのお風呂好きとお見受けします」

「まあ、そう、か……」

 セツが頬を搔き、少し気恥ずかしげだった。師匠の影響で風呂好きになったのが、どうも恥ずかしいようだ。


「祭りまでに、行って帰って来られる距離に、温泉いくつかありますよね?」

「そうだな、近場ならザマ温泉に上ソウワ温泉、ちょっと足を伸ばせばノワ温泉、ハクホ温泉、ヒガ温泉……」

「いいですねぇ」

 カイが、やけに乗り気で身を乗り出す。温泉大国の皇八島には、各島に温泉がある。


「温泉、いいんだけどさぁ……退屈っていうか、することないっていうか」

 風呂に浸かるだけのなにがいいのか、子供なロワメールにはわからないようだった。

「年寄りくさいんだよなぁ……」

 ボソボソと愚痴るのは、独り言である。だが、隣に座るセツにはバッチリ聞こえてしまった。


「ほう」

 剣呑な声が漏れる。


「カイ、お前、休みって取れないのか?」

「休みですか? 今は無理ですが、キヨウに戻れば、溜まってる分まとめて取れますよ」

「じゃあ、二人で行くか」

「ちょっ!? セツ!?」

 ありえない一言に、ロワメールが仰天した。


「セツ様と二人で温泉ですか? いいですねぇ」

 何故かカイまで大喜びだ。

「ちょっ、ちょっと待って、二人共!?」

「地酒とか、クイっと」

「ああ、それなら少し遠出して、飯の美味いとこに」

「え!? なんで!? なんで二人で行くことになってるの!?」

 話についていけず、ロワメールが騒ぐ。


「なんでって、お前は温泉、年寄りくさくて嫌なんだろ? だったらカイと二人で行ってくるから、ロワメールは留守番してればいい」

「!!!!!!」

 これぞまさに青天の霹靂である。後ろから殴られたような衝撃に、ロワメールを襲われた。


「嘘!? 嘘嘘! さっきの嘘だから!!」

「無理するな。温泉の良さがわかる大人のカイと行ってくるから」

 年寄りくさいと言われたのがよほど嫌だったのか、セツがめずらしくロワメールに意地悪だ。

 

 けれど、セツが本気でロワメールを虐めるわけはないのだが、焦燥に駆られたロワメールはなりふり構わずセツに抱きついた。

「うわーん! ごめんなさい! もう言わないからぼくも連れてって!!」

 連れて行ってくれるまで離すもんかとしがみつく。


「ぷっ………くっくっくっ」

 あまりに必死なロワメールに耐え切れず、セツが笑いだしてしまった。

「セツ様が、ロワ様を置いて行くわけないじゃないですか」

 カイにも笑われるが、それよりも留守番回避の方がロワメールには大事である。

「ホント!? ぼくも連れてってくれる!?」

「ああ、当たり前だろ」

 セツは笑いながら、 銀の髪をくしゃくしゃ撫でた。

「お前も早く、温泉の良さがわかる大人になれよ」


 温泉の良さとはなんぞや。

 ロワメールには難しかったが、とりあえず笑って誤魔化しておく。置いてけぼりは、絶対嫌だった。

「美味いもん、いっぱい食わしてやるからな」

「やった!」

 現金なもので、温泉の良さはわからないが、食べ物には釣られてしまうロワメールだった。



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❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 3ー11 塩派、タレ派 は、9/4(水)の18:30頃に投稿を予定しています。

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