3ー9 甘いケーキと優しい先輩

「二人から見て、ランスはどんな奴だ?」

 少女達は、二学年上のランスとは魔法学校で先輩後輩の関係にあたる。


 リュカはレオにも質問したが、さしてなにもわからなかった。隙あらば手を抜いて楽したいレオと一本気なランスでは、気が合うわけもない。


「オレもランスと喋ったのは、こないだの魔者討伐が初めてでな。ランスを街で見かけることもないし、他の奴とつるんでるのも見たことないし」

「ランス先輩のことなら、ワタシよりディアの方が」

 パフェを食べ終えたリーズが、眼鏡を上げた。

「属性同じだもんな。ディア、仲良いのか?」

「いえ、他の人より接点が多いだけっていうか。アタシもランス先輩と一緒で、長期休暇寮居残り組ですから」


 魔法学校は全寮制だが、春、夏、冬の長期休暇にはほとんどの生徒が親元に帰る。しかし、事情があって寮に残る生徒もいた。

「そんな顔、しないでくださいよー。アタシは兄がいるので、天涯孤独ってわけではないですし」

 ディアがヒラヒラと両手を振って、へらりと笑う。


「にーちゃんと仲悪いのか?」

「いえ。でも、兄は叔父に引き取られて。アタシは叔父に嫌われてるので」

 リュカが口をつぐんだ。ディアの口調はあっさりしたものだが、落とした眼差しが親族との確執を物語った。

「アタシと兄は、いわゆる腹違いの兄妹で。叔父はアタシと母を嫌っていたんです」


 それは多分、ディアの肌が小麦色だからだろう。母親がルークゥー島出身なのだ。皇八島にルークゥーへの差別はないが、自分との些細な違いを喚き立てる人間もいる。

「なんだ、それ。胸クソ悪ぃーな」

「そうやって怒ってくれる人がいるから、アタシは大丈夫です」

 大人びた微笑みに、リュカの胸が痛んだ。


「家族仲は良かったんで、心配しないでください。兄も母が大好きだったし」

 リュカは自分の未熟さを恥じた。少女が明るく笑うからと言って、何不自由なく幸せに生きてきたわけではないのだ。

「悪い。オレ、知らなんだ」

「当たり前じゃないですか〜、言ってないですもん」

 ディアはケロリと笑ってみせる。少女の過去を聞いた後では、その笑顔が尊かった。


「さ、アタシの話より、ランス先輩ですよね」

 パン、と両手を合わせ、ディアが仕切り直す。

「どうして急に、ランス先輩に興味を? あ、こないだの魔者討伐で、ランス先輩をライバル認定したとか?」

 冗談めかした笑顔はそのまま。

 けれど、ディアのターコイズブルーの瞳は、まるで真意を測るように真正面からリュカを見つめる。


 魔族に家族を殺された、二色持ちの美形。余人の好奇心を掻き立てるには十分すぎる。

 しかし、口さがない噂話に興じる気は、ディアにはなさそうだった。返答いかんによっては、たぶん適当にはぐらかされるだろう。


 太い首に手をやり、誤解を与えないようにリュカは言葉を選んだ。

「大きなお世話なのはわかってるんだが、放おっておけなくてな。複数持ちはどうしても、孤立しがちになるだろ」

 全魔法使いの中でも、複数属性持ちは数名しかいない。嫉妬や羨望もあるが、ランスの場合なら水と風、どちらに属するのか、属性間でライバル意識があるため、非常に難しい問題になった。

 結果として複数持ちはどこにも属さず、その強さだけを頼りに孤独に生きることとなる。


「……レナエルも、気にかけてやる誰かがいれば、あんなことにはならなかったかもしれない」

 掟を破った裏切り者の名前に、わずかの間、沈黙が落ちる。一歩道を踏み外せば、誰でも同じ運命を辿るのだ。


「どうして、土使いのリュカさんが?」

「土使いだからだよ。ランスは水と風、オレなら属性のしがらみ関係ないからな」

 興味本位の詮索ではないと伝わったのか、ディアの眼差しから険が消えている。ひょっとしたらこれまでも、ランスについてさんざん聞かれたのかもしれない。ならディアが、うんざりして警戒するのも当然だった。


「ランス先輩は、一言で言えばモテましたね。アタシたちの代では、一番人気が高かったと思います」

 ディアは考えもって言葉を紡いだ。隣でリーズがウンウンと頷く。

「そりゃあ、あの顔で二色持ちならモテるだろう」

「それもありますけど、ランス先輩が人気の理由は、優しいからだと思います」

 困っている人がいれば、黙って手を貸す。ランスはそんな青年だった。

 普段どれほど人と関わらないようにしていても、その優しさを多くの人が知っている。


「それにダブル……ニ色持ちなのに、強さにストイックで。それは魔族を倒すためかもしれないけど、そんな姿勢に憧れる男子も多かったです」

 二色持ちへの僻みや妬みから、毛嫌いする者ももちろんいたが、彼を見習う者も多くいた。


「なるほどな」

 リュカはスイーツ攻略は早々に諦め、スープやらサンドイッチで腹を膨らませにかかっていた。そちらは口に合うようで、バクバク食べながらディアの話に納得する。


「……一年の長期休暇の時、ワタシ、ディアを家に誘ったんです。寮に残るのは寂しいだろうと思って」

 三巡目に取りかかるディアを眺めるリーズが、独り言のように口を開く。

 ディアの食欲は衰えを知らず、ウキウキしながらケーキを選んでいるのが遠目にもわかった。


「でも、断られました。せっかく親切で誘ってあげたのにって、ワタシ腹が立って。今思えば、断られてショックだったんですよね。でも当時はそんなことわからなくて」

 ――誘ってくれてありがとう。けど、ごめんね。

 ディアは寂しそうに笑って立ち去った。

「もしランス先輩がいなかったら、ケンカになって、ワタシは親友を失ってたかもしれません」


 その場に一人残されたリーズに、通りかかったランスが声をかけた。

「たまたまワタシたちの話が耳に入ったみたいで、注意されました」

 リーズはカトラリーを弄りながら、自嘲を浮かべる。


「そっとしておいてやれって。まだ仲の良い家族を見るのは、失ったものを思い出して辛いからって」

 人付き合いが苦手なリーズは、ランスに教えてもらえなければ、そんな想像力すら働かなかった。

「ランス先輩は無口だけど、大事なことは言葉にして、ちゃんと伝えてくれるんです」


 気が強くて口の悪いリーズが、実は人見知りであることをリュカは気付いている。

 そんなリーズが、まさか自分の話をしてくれるとは思わなかった。

 だがそれは、リュカに心を開いたからではない。リーズもまた、復讐に生きるランスが救われることを願っているのだ。



 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 3ー10 温泉へ行こう は、8/30(金)の18:30頃に投稿を予定しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る