3ー8 スイーツの罠

 リュカが仕事の依頼を受けてギルドから帰る途中、バッタリと二人組の少女に出会った。

「あ、リュカさん、こんにちはー」

 ディアが、気軽に声をかけてくれる。


「よう、ディア、リーズ」

「お仕事ですか?」

 書類から目を上げたリュカに、ディアが小首を傾げた。ポニーテールが揺れる。快活な少女に、その髪型はよく似合っていた。


「そ。オレのお得意さん。毎年この時期に、オレをご指名で契約してくれんの」

「すごい! リュカさんくらいになると、指名での契約とかあるんですね!」

 魔法使いへの対価は高額で、一級魔法使いとの契約は庶民には手が出ない。その上名指しとなると、指名料で対価が跳ね上がる。裕福な貴族や大商人でなければできない贅沢であり、また彼らにとっても、一級魔法使いとの契約はある意味ステータスだった。


「フフン、スゴいだろ?」

 素直に尊敬してくれるディアに、リュカも冗談めかして胸を張る。

 実績を積み、名を揚げ、人気の高い魔法使いだけが指名を受けられる。繰り返し指名されるのは、依頼人から信頼されている証拠だった。

 お世辞ではなく、リュカはやはり一流の魔法使いである。

  

「ところで二人共、ちょっと聞きたいことあるんだけど、今暇か?」

「………」

 眼鏡の奥からリュカを見つめるリーズの眼差しは、全く友好的ではなかった。

 その瞳の冷たさに、未だお怒り中であることをリュカは悟る。

 けれどこんな時に有効な一言を、リュカは心得ていた。


「なんでも好きな物、奢ってやるから!」

「……なんでも?」

 その声のトーンに若干ビビるが、芽生えたばかりであろうフレデリクへの恋心を、不用意に暴いていしまった償いはせねばなるまい。

「なんでも!」

 リーズの目がキラリと輝いたのは、気のせいだと思いたかった。


「……『風花堂』のスイーツ食べ放題がいいです」

「スイーツって、外の国のお菓子のことだろ? そんなんでいいのか?」

 恐れていた高級料理ではなく、可愛らしいリクエストにリュカが拍子抜けした。


「『風花堂』って、確か、外の国の料理の専門店だったか。なに、そこ美味いの?」

 王都ほどではないが、ここシノンにも魔法使いや貴族目当ての洒落た店が多い。外の国の料理を提供する店は、最先端の人気店だった。


「美味しいって評判」

 リーズがコクンと頷く。

「でも、高くって行ったことないから」

 リュカにも覚えがある。一級とはいえ新人の頃は、懐具合は二級、三級と大差なかった。

 この子達が一級として一丁前に稼げるようになるのは、もう少し時間が経ってからである。


「よっしゃ、任せろ!」

「いいんですか!? やった〜!! リュカさん太っ腹!」

「お菓子くらいで大袈裟だなぁ」

 諸手を上げて大喜びするディアに、リュカが苦笑する。だがこの後すぐ、リュカはお菓子の世界の恐ろしさを思い知るのであった。






『風花堂』は、シノンでも高級店が立ち並ぶ通りに店舗を構えていた。周囲にはセツ御用達の呉服店『桔梗屋』や、高級化粧品ペリュシュ社の本店が軒を連ねている。


 店内に一歩足を踏み入れれば甘い香りが鼻腔を満たし、大きなシャンデリアが目に入る。高級店らしく内装は上品な色調でまとめられていた。

 客層は貴族のご夫人やご令嬢、魔法使い、裕福な商家の子女といったところか。恋人や妻と訪れたらしい男性客もチラホラいて、リュカも場違い感はない。場違い感はないが。

 

「一人6000ファラン……」

 放心状態で呟く。予想を遥かに超える値段だった。

 道理でディアが大喜びするはずである。こんなの、新人でなくともおいそれと払える金額ではなかった。


(6000ファランあれば、酒飲んで、腹いっぱい飯食っても、お釣りがくるぞ……)

 少なくとも、リュカが普段通っている店ではそうだ。

(まんじゅうとか、一個100ファランじゃん……)

 思わず皇八島のお手軽甘味と比べてしまう。しかし、リュカが知らないだけで、まんじゅうだって高いものは高いのである。


 スイーツを単なる菓子だと高を括り、安請け合いした自分が恨めしい。

「は、ははは、は、……はあぁ〜」

 リュカの乾いた笑いが、悲しい溜め息にかわった。


「美味いかぁ?」

「美味しいですー!」

 もはや諦めの境地で尋ねれば、少女達は美味しさに感激している。これほど喜んでくれるなら、奢り甲斐はあるというものだ。


 店の一角には色とりどりのスイーツがたくさん並べられ、そこから好きなものを好きなだけ選べる形式である。赤、白、黄色、ピンク、緑、茶色と、スイーツはカラフルな色合いだった。どれも上品なサイズで、キラキラと宝石のように輝き、食べるのがもったいないほどだ。


 少女達の皿にも、何種類ものスイーツが盛られている。ケーキにタルトにパイに、マカロンにシュークリームに……リュカにはとても覚えきれない。もはや呪文である。

「スイーツって、高いんだなぁ……」

 少女達は、ご満悦で甘いお菓子を頬張っていた。 


 対してリュカはケーキと格闘中である。

 なんとか攻略してやろうと奮闘するが、いかんせんスイーツは強敵だった。

 難攻不落のモンブラン要塞か、はたまた人類未踏峰の峻険なるショートケーキ岳か。

 果敢にフォークで挑むが苦戦を強いられている。

(甘い! 甘すぎる!)


『風花堂』のスイーツは果物をふんだんに使って甘さ控えめだが、根っからの辛党であるリュカにはハードルが高かった。

 甘いケーキに四苦八苦で、もはや苦行である。

(イチゴはいい。けど、このクリームが甘いんだよ)

 思わず本来の目的を忘れて元を取ることに勤しんでいたリュカだったが、リーズはちゃんと覚えていた。


「それで、ワタシ達に聞きたいことってなんですか?」

 リュカが、慌てて木苺のムースを飲み込む。甘酸っぱい香りが鼻を抜け、少し咳き込んだ。

「いや、そんな改まったことじゃないんだ」

 苦いコーヒーに人心地つき、リュカは改めてディアとリーズに向き合う。


「ランスのことなんだがな」

 思いもかけぬ人物の名前に、少女達は食べる手を止めてキョトンとした。

 


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❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 3ー9 甘いケーキと優しい先輩 は、8/28(水)の18:30頃に投稿を予定しています。

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