24 丸くて白くて小さいの

 コウサ領主ウルソン伯爵の屋敷は、街の中央を流れるカガ川を挟み、騎士隊舎やギルド支部の対岸にある。

 敷地は広大で領庁も内に収めるが、屋敷自体はこじんまりとしており、時代を感じさせる趣深い建物だった。


 応接室には特産品の紙を使ったランプや衝立が飾られ、モダンに演出されている。ロワメールが趣味の良い部屋を眺めていると、外からドダダダダッと大きな音が聞こえてきた。

 何事かと思う間もなく、バン! と勢いよく扉が開く。するとそこから、なにやら白くて丸くて小さいのが飛び出した。


「で、ででででででで殿下!!!」

 その白くて丸くて小さいのは、ロワメールの姿を認めると勢いよく頭を下げる。

「遠路遥々、殿下御自らにお越しいただき、誠に! 誠に恐悦至極にございます!!!!!」

 その丸いの、名をアルマン・キャトル・ウルソン伯爵という。つまり、このコウサの領主である。


 第二王子の来訪を聞き、コウサ領庁から屋敷に駆けつけて来たウルソン伯爵は、ハンカチで汗を拭くのも惜しんでひたすら平身低頭した。

「お越しは叔父より聞いておりましたが、どの船便かを確認できず、港までお出迎えできなかった不手際、何卒お許しいただきたく!」

「ウルソン伯、顔を上げてください。新年の祝賀の儀以来ですね」


 ペコペコと頭を下げ、自らの不始末にひたすら縮こまるウルソン伯爵は、ロワメールに求められてようやく顔を上げる。

 まだ若い。年齢は、ロワメールより少し上か。色白で背は低く、ふくよかな体に色味の淡い着物を着ており、とにかく丸くて白くて小さい、という印象をセツは受けた。

 ロワメールを認めない重臣の甥、と当初思い描いていた人物像と少々……いや、かなり違う。


「この度の事件は災難でしたね。お見舞い申し上げます。お加減はいかがですか?」

「は、はい、まだ傷跡は残っておりますが、もう仕事に支障はなく」

 恐縮しきりのウルソン伯爵に対し、ロワメールはどこまでも穏やかだ。


「ニュアージュ卿にもご足労をおかけし、誠に申し訳もございません」

「私は、殿下のお供をするのが仕事ですから」

 側近筆頭にも腰を低くして謝辞を告げる。とても反ロワメール派とは思えなかった。


 次いでウルソン伯爵は、斜向かいに座る魔法使いに目を留めた。若い男だというのに、真っ白い髪に自然と目がいく。

 伯爵の視線を追い、ロワメールが紹介した。

「彼はセツ。ぼくの命の恩人で名付け親です」

「この方が……!」


 生まれてすぐに魔獣に襲われた第二王子の話は有名だった。

 その時の悲劇は吟遊詩人が詩情豊かに歌い上げ、皇八島全土に広がっている。多くの国民が命を懸けて我が子を守った王妃に涙し、魔法使いに救われた王子に歓喜した。


 だがウルソン伯爵は、そこにある不自然さに気が付いた。悲劇が起きたのは十八年前、けれどセツはどう見ても二十代半ばである。とても王子を助けた魔法使いには見えなかった。

 しかし、伯爵は慎み深く沈黙を守る。

 王族が是と言えば是であると、王家への従順を態度でもって表した。

 叔父と甥とはいえ、ウルソン伯爵はプラト侯爵とは考えが異なるようだった。


 ロワメールはそのことには触れず、なにもかかったように続ける。

「今回の事件で、ギルド本部が派遣した魔法使いでもあります」

「そのような方にお力添え頂き、感謝致します」

 セツに対しても謙虚なウルソン伯爵に、ロワメールは改めて向き直った。


「では早速、事件についてですが」

「で、殿下! 私は誓って、横領にも殺人にも関わっておりません!」

 途端に、ウルソン伯爵がサーッと青ざめる。

 領民は、この年若い領主が悪事に加担したとは微塵も思っていなかった。だが、心無い言葉を浴びせる者も多かったはずだ。

 それが、気弱な伯爵をここまでおびえさせている。


 ロワメールも領民と同じく、ウルソン伯が罪を犯すとは考えていなかった。

「うん。ぼくも、君は無実だと思ってる」


 また疑われて責められると、体を固めて震えるウルソン伯爵はその言葉が信じられず、ロワメールを見つめ返す。

「だって、伯はそんなことをする人じゃないでしょう?」

 にっこりと微笑む王子様に、ウルソン伯爵の目にジワリと涙が滲んだ。


「す、すみません。叔父にも責められたのに、まさか、殿下に信じていただけるとは思わず」

 ウルソン伯爵は、恥ずかしそうに目元を拭った。けれど、張り詰めていたものが途切れたのか、つぶらな瞳からは後から後から涙が出てくる。

「すみません、すみません……!」

「それだけ君は耐えてきたんだ。辛かったね」

 ロワメールはウルソン伯爵の隣に座り、その背中に手を添えた。今度はそれが恐れ多く、ウルソン伯爵は泣いているどころではなくなってしまった。


「何故、伯が襲われたのか。それは、犯人に聞くしかない。だから、犯人を捕らえるのに協力してくれますか?」

「もちろん! もちろんでございます!」

 ウルソン伯爵は感激のまま、力強く約束した。


「伯は、屋敷で襲われたんですよね?」

「あ。いいえ、わたしは毎晩、庭を散歩するのが日課でして」

 伯爵家の庭は、ロワメールの知るキヨウの貴族屋敷の庭より数倍広い。家の周りは明るいが、庭の奥なら暗い夜に沈む。

「屋敷から離れた場所ですか?」

「はい。折り返し地点です」

「なら、暗かった……?」

 夜の暗がりは襲撃にはぴったりだが、狙い違わず首を斬るのは困難なはずだ。


 本当は殺すつもりだったが、しくじったのではないか?


 ロワメールがその可能性を検証する前に、ウルソン伯爵が当時の状況を思い出す。

「その晩は満月でして、犯人が月を背にしていたので、私は月明かりに照らされておりました」


「視界はどうだ? 開けていたか?」

 そこでセツが口を開き、ウルソン伯爵がオロオロと説明する。

「ちょうど木立の散歩道を抜けた見晴らしの良い場所で……。えーと……も、もしよろしければ、現場にお連れしましょうか?」

「ああ」

 目つきの悪いアイスブルーの瞳にオドオドしながら、それでも王子の名付け親に敬意を払うこと忘れず、ウルソン伯爵は案内を申し出たのだった。 

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