3ー19 夜のしじまに

「セーツー?」

 客室のドアを開けて、ひょっこり顔を覗かせたのはロワメールだった。


 セツが起きているのを確認すると、ロワメールは部屋に入ってきて、そのままベッドに飛び込む。バフン、という音と共に、寝具に沈み込んだ。

「ふかふか〜」

 王子一行故、扱いは良い。特に、セツはロワメールの名付け親だとカイが言い含めたので、王子同様最上級の待遇を受けている。

 まあ、ロワメールも別にセツの扱いをチェックしに来たわけではない。


 ベッドの上でコロコロ寝転がりながら、今日の出来事を報告した。

「商家町、すごく賑やかだったよ」

「そうか」

「人は多かったけど、あの魔法使いのお姉さんは見当たらなかった。セツ達の方は、なにか情報はあった?」

「いや」


 ロワメールの頬や鼻の頭は赤く、一日中探していたのがわかる。

「日焼けしたな」

「ぼくは平気ー」

「……曇りで風があったら、少しは楽か」

 セツから漏らされた独り言は、なかなか危険である。


「ダメだよ! 天気操作しないで! 作物の成育に影響でたら困るから!」

「一日二日くらい大丈夫だろう」

 この名付け親は、ロワメールのために天候を操作しようというのだ。しかもそれが朝飯前にできるから、本当にやりかねない。

「ダメだってば!」

 ロワメールは強めに釘を刺す。

 

「ぼくより、セツは大丈夫なの?」

「俺はフードを被ってるからな」

 セツが夏が苦手なのは、暑さだけでなく強い陽射しに弱いからだ。


「明日はカヤの街の南側を探すよ」

「俺達も、明日は別の村をあたる」

 カヤの街は広く、村々は方々に散らばっている。時間を掛けて当たるしかない。


「そういえば、商家町で聞き込みがてらにお土産買ったんだ。セツのも買った」

「俺のも?」

 ロワメールはベッドにうつ伏せで、ころんと寝転がっていた。喜んでくれるかな、とセツの表情を窺っている。


「うん。宮のみんなに、カヤ彫りの根付を買ったんだ。で、セツのも買ったの」

「そうか」

 嬉しそうなセツを見て、ロワメールは安心した。


「あ、買ったの部屋に置いてきちゃった。明日渡すね」

「ああ。ありがとう」

「えへへー」

 へにゃりと笑い、満足そうだ。


「楽しそうだな」

「うん」

 ジュールが一緒なことで、本当に観光気分も味わえているようだった。

 ロワメールは子どもの頃、友達と遊ぶよりセツといることを選んでいたから、こうして実際に友人と過ごすロワメールを見るのは、セツは初めてだった。

 年相応の顔で笑っていて、安心する。


「もしなにかあったら、いつでも俺を呼べよ。刀を抜いたらわかるから」

「すー」

「……すー?」

 奇妙な返事が返ってきた。


 見ると、ロワメールが寝息を立てて眠っている。

 セツは小さく笑った。

 気持ちよさそうに眠るロワメールに、布団をかける。


「まったくお前は、子どもの頃から全然かわってないじゃないか」

 囁き、そっと布団をかけた。

 昔もこうやって、セツのベッドに潜り込んできてはお喋りをし、途中で眠ってしまったものだ。


 ロワメールは寝付きのいい子だった。そして一旦眠ったら、朝まで起きない。

 セツは枕代わりのクッションをソファに重ね、部屋の明かりを消した。

「おやすみ、ロワメール」






 昼とはうってかわり、夜はぐんと涼しくなる。

 シュエットゥ子爵家の廊下を、カイは一人歩いていた。ほとんどの住人が寝静まり、屋敷は静かだ。

 ロワメールも眠っているだろう。日中は炎天下を歩き回り、クタクタなはずだ。


 正直カイも疲れていたが、ブレロー伯爵に捕まったのである。伯爵はヒノから娘を呼び寄せ、ここぞとばかりにカイへ売り込んだ。

 自身が優良物件である自覚はあるが、だからこそ、なんの付加価値もない地方貴族の令嬢を娶るわけがないと、どうしてわからないのか。いい加減ウンザリする。

(まあ、親にとったら、娘の可愛さこそ付加価値なんでしょうけど)


 ロワメールに婚約しろとうるさく言っているが、カイも実家に帰れば両親に結婚をせっつかれる身である。

 だから本音を言えば、ロワメールが婚約を煩わしがるのはよくわかった。


(……結婚か)


 ふと、細く柔らかい手を思い出し、左手を見つめた。

 掌に覚える温もりを逃さぬように、カイはその手を握りしめる。


 期せずして彼女の兄弟と行動を共にしているが、純粋な弟はともかく、兄の方は一癖も二癖もありそうだった。

 見事にこちらを見向きもしないが、それでもカイを注意深く観察しているのは感じ取れる。厄介そうな人物だった。


「おや、あれは……」

 月明かりに沈む屋敷の庭で、青年が一人ベンチに座り、ぼんやりと月を眺めている。

 カイは、静謐な月下に足を進めた。


「眠れませんか?」

「ニュアージュ様!?」

 隣に腰を下ろすと、ランスは慌てて頭を下げた。

「すみません。殿下やニュアージュ様まで巻き込んでしまって」


 ランスは恐縮しきりであるが、まだ十二の子供が目の前で両親を殺されたと聞いて、なにも感じないほどカイも薄情ではない。

「殿下は生まれてすぐに母君を亡くされて、私も、家族を失う痛みは知っているので……」


 側近筆頭からはいつもの笑顔が消え、密かな声が夜の静寂に混ざった。


「……弟がいました。生まれた時から体の弱い子で」

 カイも、月を見上げる。

「生きていたら、殿下と同い年です」


 カイの弟は十二の年に、風邪をこじらせて呆気なくこの世を去った。

 ロワメールと出会ったのは、その約一年後である。


 広い王宮で一人ポツンと立ち尽くす姿が、いつもベッドで一人、窓の外を眺める弟の姿と重なった。

 黙って自らの運命を受け入れ、静かに耐える姿があまりに痛々しくて、それでも微笑む健気さに心を打たれた。

 全力で守ろうと思った。


 ロワメールには、弟の分まで、思う様のびのびと生きてほしい。

 そのためなら、自分の全てでお支えしよう。

 それが、カイを悲しみから立ち直らせた。


「だから、貴方の気持ちは、私も殿下もよくわかるんです」

 もしも、があるなら。どんな形でもいい。生きていてほしい。もう一度会いたい。

 そう願うのは、罪ではない。

「お姉さん、生きているといいですね」

 カイは、心からそう思った。




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❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 3ー20 ベッド強奪犯の夜明け は、10/4(金)の18:30頃に投稿を予定しています。

 


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