やさしい魔法使いの起こしかた

31 魔法使い殺しのヒミツ、と女は言う

「俺の秘密？」

　問い返すセツに、女は優越感に満ちて頷いた。

「そうよ。あなたが最強であるヒ・ミ・ツ」

「なにを言っている？」

「とぼけてもム〜ダ」

　訝るセツに、女はクスクスと笑う。

　クスクス、クスクスと、笑い声が耳の奥にへばりついた。

「王子様に聞かれてもいいんだ？」

　レナエルは焦らすように、ロワメールを眺め見る。

「ヒミツを知られたら、王子様も殺す？」

「……おい」

　無邪気を装った悪意に、ザワリ、と空気が不穏にざわめいた。

「最初に言っておく。こいつに手を出すことは許さない」

「ヤダ。こわぁい」

　セツの警告を、レナエルはせせら笑った。

「王子様がそんなに大事？」

「こいつには、指一本触れさせん」

　王族に対する建前ではない。その怒りに、レナエルは一層笑みを深めた。

「ふうん？」

　第二王子が魔法使いに助けられた話は、皇八島国民なら誰でも知っている。この男が、王子を救った魔法使いなのだ。

「王子様は、その魔法使い殺しのヒミツを知っているの？」

「なんのことか、意味がわからないな」

　眉間にシワを寄せ、ロワメールは刺々しく返した。

　言い方がいちいちもったいぶって、鼻につく。

　一体、セツになんの秘密があるというのか。

「やっぱり教えてもらってないのね、可哀想に。信用されてないのかしら？」

　大袈裟な驚きと哀れみが癪に障り、ロワメールは感情を隠さずレナエルを睨みつけた。

「大切な王子様まで騙してるなんて、悪い男」

　クスクスと、耳障りな笑い声がロワメールの感情を逆撫でる。

「まあ、いいわ。王子様はそこで黙って見てて。私は今から」

　レナエルは地上の人間を翻弄し、掻き回し、悦に入っているのか。主導権を握って嘯いた。

「そこの魔法使い殺しを殺すから」

　カチャリ、と鍔鳴りの音が鳴る。刀身は鞘の中。だが、いつでも抜刀できる構えだ。

　美しい二色の瞳はレナエルを見据え、殺気を滲ませている。

「ロワメール、落ち着け」

　セツが制すも、ロワメールは苛立ちを隠そうともしなかった。レナエルが地上に降りた瞬間にでも飛び出しそうだ。

　しかしレナエルは、刀に手をかけたロワメールに見向きもしない。

「ねえ、魔法使い殺し、これまでに何人殺してきたの？」

　魔力のないノンカドーは、風使いを前にあまりに無力だからだ。地を這うことしかできない王子は、刀を抜いたとて宙にいるレナエルの脅威にはなりえない。

「そうやって、正義面して、罪を犯した魔法使いをずっと殺してきたんでしょう？」

　王子だけではない。魔法使い殺しに対してさえも、レナエルは自分の優位を疑わなかった。

「でも、それも今日で終わり。あなたは今日、ここで、私に殺されるのよ」

「できるものならやってみろ」

「ふふ、いい度胸だこと。ーー偽者の最強のくせに」

「なに？」

　アイスブルーの目を眇め、セツが女を見上げる。　　　　　　

　レナエルは勝ち誇ったように、ニヤリと笑った。

「私、あなたが最強であるヒミツを知ってるって言ったでしょう？」

　まるで毒を滴らせるように、赤い唇がセツの秘密を暴く。

「あなたは裏切り者の魔法使いから力を奪い、その力で最強を騙る偽者よ！」

　色違いの瞳が、これ以上ないほど見開かれる。

　こんな女は、なにを言っているのだ？

　セツが、裏切り者の力を奪っている……？　

「隠し通せると思っていたの？　残念ね。神は全てお見通しよ！　本当の最強はこの私。魔法使い殺し、あなたのその力は偽物よ！」

　立場が逆転したかのように、女はセツに指を突きつけた。

　真夏のギラつく太陽は、全ての秘事を白日に晒すがごとく地上を照らす。

「それが、お前の言う俺の秘密か？　くだらん」

「しらばっくれる気？　あなたのヒミツはとっくにバレてるのよ！　観念なさい！」

「意味がわからん。力を奪うってなんだ？　俺の魔力は生まれつきだ」

　セツは微動だにせず、真っ向からレナエルを見返した。

　レナエルは、そんなセツを苦々しげに見下ろす。

「フン、図々しい。裏切り者を殺すしか能がないくせに、生まれた時から最強だとでも言うつもり？」

　魔力は後天的なものではない。魔法使いは皆、生まれながらにその力を持っている。それは、子供でも知っていることだ。

　しかしレナエルは、その大前提を言い逃れとしか受け取らなかった。

「その証拠に、最強と言いながら、あなたはなにをしたの？　次代なんて何百年も生まれていない。マスターの役目だっていう魔主との戦闘だって、千年前の昔話。あなたは数十年に一人いるかいないかの裏切り者を殺してるだけ。これのどこが最強？」

　長い年月、セツがたった一人で担ってきたマスターの役目すら嘲笑うレナエルに、ロワメールはギリッと歯噛みする。

「相応しいのは、魔法使い殺しの名前だけ」

　容赦なく照りつける夏の陽射しが、ローブよりも暗い影を地面に落とした。

「でも、偽りの最強は今日で終わり」

　レナエルの悪意が、夏の熱風のように肌にベタリと張り付く。

「あなたを殺し、私が名実共に最強の魔法使いになるのよ！」

　上空を風が吹き、黒いローブがバタバタとはためいた。

　セピア色の髪が、風に舞う。

「覚悟おし！　私は、これまであなたが殺してきた魔法使いとは格が違うのよ！」

　傲然と言い放ち、素早く呪文を唱える。

　彼女の詠唱に合わせ、辺り一帯の魔力が反応した。

「火球よ、魔法使い殺しを焼き払いなさい！」

　声と共に、いくつもの火の球がレナエルの周囲に生まれ、セツめがけて降り注ぐ。

　セツは片手を上げ、一振りしようとし――。

　銀の刃が一閃した。

　セツが火球を消すより早く、魔剣に斬り裂かれ、火の球が消滅する。

「ロワメール……！」

　いつの間に刀を抜いたのか。

　ロワメールはセツを背に庇うように立ち、魔剣を構え、レナエルを睨みつけていた。

　青と緑の瞳には、セツが見たこともないような激しい怒りが渦巻いている。

「ぼくの命の恩人を……」

　抑えきれぬ怒りが、その声を、体を震わせる。

「ぼくの名付け親を、その名で呼ぶな！！」