Épilogue かくして無事に月は昇る
「ぼくはやっぱり、魔法使いが嫌いです」
「そうか」
ロワメールは、もはや隠しても無意味な本心を吐き出した。セツは、短い相槌以外は黙って聞いている。
セツ一人に重責を負わせる魔法使いが嫌いで、魔法使い殺しと恐れる身勝手さが許せない。
叶うなら、マスターという枷から自由にしたい。
それが無理なら、せめて辛い思いをしないように、危険な目に遭わないように。
できるなら、ぼくが守りたい――。
「伊達に最強は名乗ってない。俺は強いよ。だから、心配するな」
くしゃくしゃと銀の髪を撫でながら、セツは不敵に笑ってみせる。
「俺と対等に戦えるのは、魔主くらいだ」
「セツ……それは人間離れしすぎてる……」
ロワメールのあんまりな感想に、セツは笑い声を上げた。
「それにな、長く生きるのも、そんなに悪いことばかりじゃない。……ロワメール、お前、婚約者がいるんだって?」
「!?」
予想外の人物に予想外の単語を言われて、ロワメールは狼狽えた。
「婚約者なんていません!? ぼくはまだ結婚する気もないし、相手もいません!? それに兄上だって婚約者を決めてないのに、ぼくに婚約者がいるわけないでしょう!」
身振り手振りを混じえて、盛大に否定する。
わかっている。セツにいらぬことを吹き込んだのはカイだ。あわよくばセツを味方に引き入れ、ロワメールをどこぞの令嬢と婚約させようという魂胆が見え透いている。
「違ったか? ああ、婚約者候補だったか……。王族ともなると、早く結婚しろとうるさく言われるんだろうな」
ロワメールは力強くウンウンと頷いた。後継がどうのと言われても、そんなことはまだ考えられない。
「まあ、例えばだ。俺がこれから百年眠ったとして、お前が結婚して、子供ができて、孫ができて、百年後にお前の孫に会えれば、ああ、ロワメールは幸せに生きたんだと思えるんだよ」
それを、あまりに控えめな幸せの感じ方だと思うのは、ロワメールの穿った見方のせいだろうか。
「ロワメールも会ったろう? 炎司のアナイス、あいつの三百年ほど前の先祖も、炎使いでな。小さかった俺の面倒をよく見てくれた」
「三百年前……」
ロワメールは神妙な顔をする。何百年と生きているのは知っていた。マスターはだいたい百年、長くて二百年の間に一人生まれる。
(だけど、三百年……)
それは、予想を遥かに超える長さだ。
「言っておくが、俺は見たまんまの年齢だからな」
黙り込んでしまったロワメールになにを思ったか、セツは見当違いな念押しをする。
「なんだ、その顔は? いいか、俺は長生きだが、年寄りじゃないからな!」
真面目な顔でなにを言い出すかと思えば。
「ぷッ」
ロワメールは堪らず吹き出し、肩を震わせて笑う。
「そこ、気にするんだ?」
「なっ!? どうして笑う!?」
ロワメールに派手に笑われ、セツが耳を赤くした。
「ごめんっ……でも……おかしくてっ」
三百年も生きているのに、年齢を気にしているとは思わなかった。
おかしすぎて笑いが止まらない。セツが不貞腐れるのがまた面白くて、更に笑いが止まらなかった。
「いい加減にしろ」
腹を抱えて笑い転げるロワメールの額をピンと指で弾き、セツは続ける。
「俺な、しばらく起きていようと思うんだ」
ロワメールの笑いがピタリと止まり、マジマジとセツを見つめた。
「ほ、本当に?」
思わず、声が上擦る。驚きのあまり、それ以上言葉が出てこなかった。
「ああ。何十年ってわけにはいかないがな」
言葉を失ったロワメールの髪が、いつものようにくしゃりと撫でられる。
「心配ばかりかけてるようじゃあ、名付け親失格だろ?」
セツが、優しく笑った。
ひょっとしたら、今回の一件で思うところがあったのかもしれないけれど。
(ひょっとして、ぼくのため……?)
じわりと、喜びが胸に広がる。じわじわと広がったその温もりは、あっと言う間に全身を満たした。
(セツが起きてる……)
ギルドに戻り報告を終えたら、再び氷室で眠ると思っていたのに。
(セツが起きてる!!)
もう二度と会えないかもしれない、これが最後かもしれない、そんなことを考えずに一緒にいられる!
(セツが起きてる間、ずっと一緒にいられるんだ!!!!!)
嬉しくて嬉しくて、嬉しくて。
それは、なにより一番嬉しくて。
叫ぶように、喝采を上げる。
「やぁっっ……たああああああああああ――――!!!!!!」
満面の笑顔からは、どんな言葉よりも、真っ直ぐに青年の気持ちが伝わってきた。
ロワメールの喜ぶ姿が眩しくて、セツは目を細める。
(そんな顔されたら……)
視線をそらして、頬を掻いた。
(国王や王太子を笑えないじゃないか)
面映ゆさに困り果てる名付け親をよそに。
ロワメールは、ただただ素直に喜びを噛みしめるのだった。
「おや、なんだか楽しそうですね」
「セツがしばらく起きてるって!」
姿を現したカイに、ロワメールが喜びいっぱいに報告する。
「よかったですね。それなら心置きなくセツ様に王宮に来て頂いて、勲章授与式が行えますね」
ニコニコと、カイに全く悪気はなかったのだが。
その一言に、セツとロワメールは凍りついた。
ロワメールは反射的に名付け親の顔色を窺うが、セツはサッと目をそらす。
「ロワメール……やっぱりさっきのなかったことに……」
「ダメダメダメ! 絶対ダメ!」
前言をひっくり返したセツに、ロワメールは焦って取り縋る。
そういったことを極端に面倒臭がるセツは、氷室で眠ると言い出す始末だ。
「カイの馬鹿! なんとか騙してキヨウに連れて行こうと思っていたのに!」
「おい!?」
セツの性格を熟知したロワメールの台詞は、聞き捨てならなかった。
しかしロワメールも、引き下がれない。
「ダメだからね! ぼく、もう起きてるって聞いたから!」
「そうだけど、勘弁してくれよ……」
「嫌だ! 起きてるって言った!」
いつしか陽は沈み、空は藍の色に染まっていた。惜しげもなく振りまかれた砂金のごとく星が瞬き、東の空には煌々とした月が昇る。
船が、波を切っていた。
空高く輝く銀の月が世界を見守り、穏やかに時は進む。
夜の帳が、優しく皇八島を包み込んでいた。
À suivre……
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
第一話、これにて終了です。最後まで読んでいただけてとても嬉しいです! ありがとうございました!
次回より第二話 ギルド本部編 をお送りいたします。
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