37 魔法使いを守る者

「ロワメール」

 やや目つきの悪いアイスブルーの瞳には、銀の髪の青年が映っていた。美しい銀の魚ではなく、ロワメールは自分の名が呼ばれたのだと知る。


「俺は良いと思うぞ。法の下に魔法使いを裁くっていう、お前の考え」

 それは、予想もしなかった賛同だった。

 目を瞠るロワメールに、セツが訝る。

「なんだ? 俺が反対すると思ったか?」

「いえ、その……」

 多少なりと難色は示されると思っていた。

「ギルドの特権を奪うことに……」

「特権か……。少なくとも俺は、そんな風に考えたことはないな。単に、法が整備される前から続く掟なだけだし」

 セツは考えながら、言葉を紡ぐ。

「お前も特権だと思ってるのか?」

「少なくとも中央貴族のほとんどは、そう思っています」

「貴族らしい考え方だな」

 そう言って、セツは軽く笑い流した。


 だが、魔法使いギルドにのみ許された司法の独立は、紛れもない特権だ。

 ロワメールは、その特権を奪おうとしている。これまで治外法権とも言えたギルドを、法の管理下に置こうというのだ。

 法案の成否がかかった今回の事案、マスターの協力を得て上々に終わる。これを始まりに、今後は皇八島の法律で罪を犯した魔法使いを裁いていく。


 もう、セツの手は汚させない。

 セツに、辛い思いをさせたりするものか。


「大事なのは裏切り者が正しく裁かれることであって、その方法じゃない。時代にあったやり方をすればいいと、俺は思うぞ?」

 夕焼けに染まる海を眺めながら、セツは淡々と語る。


「裏切り者には死を。この厳しい掟が、何故あると思う?」

「魔法使いが、一般人にはない特別な力を持っているから?」

「そうだ。これは、魔法使いを守るための掟だ」


 だからこそ、絶対なのだ。

 異端の力を持つ少数の人々、それが魔法使いだ。もし魔法使いが危険だと判断されれば、迫害を受けたかもしれない。それを信頼と尊敬とを集める存在にしたのは、これまでの全ての魔法使いの行動の結果である。

 それをたった一人の魔法使いの凶行で、壊すわけにはいかない。


「魔法使い殺し、な。これを言い出したのは、先々代のマスターだ」

「魔法使いではなく、マスターが?」

「ああ。俺の師匠の師匠だな。なんでも豪快な女性だったらしくてなぁ」

 頭を掻きながら、遥か昔に聞いた師匠の話を思い出す。

「ギルドを裏切れば、最強の魔法使いが殺しに行くぞって脅しを込めて、魔法使い殺しを名乗ったらしい」


 私に殺されたくなければ、罪を犯すな。

 それは、確かな抑止力だった。

 それでも、掟を破る者はいる。中には家族を人質に取られ、無理矢理悪事に加担させられた者もいた。


「まあ……楽しい仕事ではない……」


 ポツリと零された一言は、たぶんロワメールが初めて聞いた、セツの本音だ。


「けど、俺はな、裏切り者を殺すことが俺の仕事だとは思ってない。魔法使いを守ることが、俺の役目だと思ってる。詭弁だがな」

 セツは、少し照れ臭そうに笑った。

 それはきっと、何百年とかけて、セツが導き出した答えなのだろう。


「でもお前は、俺が魔法使い殺しと呼ばれるのが嫌だったんだな」

 配慮が足りなかったと、セツが恥じる。

「今までお前を子ども扱いして、ちゃんと話してなかった。すまなかった」

「ぼくは……っ!」

 ロワメールは言葉に詰まった。

 アイスブルーの目が、優しくロワメールを見つめている。

「セツ、ぼくは……」

「うん」


 セツは、ロワメールのワガママも身勝手さも、全部受け入れてくれる。ロワメールはどうやったって、セツの足元にも及ばない。追いつけない。

 早く大人になって、セツの力になりたいのに。支えられるようになりたいのに。

 ぼくは全然まだまだで。


「ぼくは嫌な権力者になって、セツの気持ちも確認しないで、ギルドも敵に回して。挙句にセツの仲間の魔法使いだって大嫌いで。ホントはそんなこと、セツにバラすつもりもなかったのに。セツはずっと、魔法使いのために生きているのに」

 自分で言っていて落ち込む。

 セツは優しいから、許してくれるけど。


「そりゃあ嫌われて当然だよね……」

 力なく、泣き笑いのような表情を作るロワメールに、セツはギョッとした。

「ちょっ……と、待て」

 額を押さえ、なにやら唸る。

 どうもロワメールの言っていることと、セツの記憶が噛み合わない。

「嫌われてってなんだ?」

「だってぼくは、セツが嫌いな権力を振り回す人間で、セツが守る魔法使いだって全否定して。だからあんなに怒って」

 セツの着物を掴み、ロワメールは俯く。その姿は、親に嫌われたとおびえる子どもそのものだ。


 セツはとりあえず、盛大な勘違いをしているらしい青年の誤解を解くことにした。

「怒るさ、当たり前だろう? 危ないことはするなとあれほど言ったのに、お前ときたら俺の制止も聞かずに飛び出して。言ったよな、俺の言うことちゃんと聞けって」

「え……? それで怒って……」

「……ひょっとして、それで部屋に引き籠もってたのか?」

 ここ数日、仕事を言い訳にロワメールは部屋から一切出てこなかった。セツに嫌われたと思って落ち込んでいたらしい。

「俺はてっきり……」

 怒りすぎたので、拗ねたんだと思っていた。

「だ、だって、セツ、あの後黙り込んで……」

「お前の言ったことを、俺なりに考えてたんだよ」

「な、なんだ……」

 セツの着物を掴んだまま、力が抜けてその場にしゃがみ込む。


 はあああああああ、と肺が空っぽになるほどの、特大の溜め息が溢れた。

(なんだ、そっかぁ……)

 ドッと押し寄せてきた安堵に、鼻の奥がツンと痛む。

「嫌われたんじゃなかったんだ……」

 安心すると、顔を上げられなくなってしまった。


 ふっと笑うと、セツがくしゃりと銀の髪を撫でる。

 その手が、いつも以上に優しかった。

「あの時は俺も怒りすぎたな。悪かった」


 頭を撫でられながら、ロワメールは小さく首を降る。

 セツは、いつまで経ってもロワメールを子ども扱いする。

 けれど、ロワメールがその手を振りほどくこともまた、なかったのである。

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