3 司
「待たせたな」
その部屋では、四人の人物がセツを待ち構えていた。
年齢も性別も違う彼らは席を立ち、頭を垂れてセツを出迎える。
「マスター」
他の魔法使いとは異なり、彼らは最強の魔法使いに対して恭しい。
だがセツは、一般の魔法使いから向けられる恐怖同様、彼らからの敬意も意に介さず、ツカツカと部屋を横切って空いている席に腰を下ろした。
飾り気のない部屋は、ごくありふれた会議室である。司たちの権限が同列であるため、テーブルは大きな丸い形の物がひとつ。
席次はなくとも、セツに用意されたのは五つある椅子の中で入口から最も遠い、いわゆる上座にあたる席だった。
セツから時計回りに炎司、水司、風司、土司の順に並んでいる。アナイス以外は知らない顔だった。
セツはそんな彼らを一瞥し、期せずして一人の司の上で視線が止まる。
「ほお」
感心し、思わず声が漏れた。
「三色か」
わずかに覗くフードの裏地は薄緑。白、青、黄色……風、水、土の3属性の魔法を使えることを意味している。
魔法使いは皇八島全土でもほんの一握り、その中でも複数の属性を併せ持つ者は更に限られる。二つの属性を持つだけでも十分めずらしいというのに、三属性に恵まれるとは稀有な才能の持ち主だった。
セツに感嘆の目を向けられ、小柄な風司の女性は元気いっぱいに自己紹介した。
「モニク・サンク・ペリュシュでっす! マスター、よっろしくお願いしまーす!」
司としては、とても若い女性だった。分厚い丸眼鏡で顔の半分が隠れているが、学生にも見える。頭の上で丸められたタンポポ色の髪が少女の元気さを表しているようだった。
魔法使いは実力が全てである。年齢も性別も、ましてや身分など関係なかった。
ただ、積み重ねた経験、長年の研鑽は侮れない。アナイスが良い例だった。経験に裏打ちされた強さで、炎司として辣腕を振るっている。
対して、若くして第一線で活躍する者は、持って生まれた才能が抜きん出ていた。この風司はその代表だろう。
モニクは丸眼鏡の奥で瞳をキラキラと輝かせ、胸の前で両手を握り、熱い視線をセツに注いだ。
その眼差しには、覚えがある。魔力の塊であるマスターに注がれる、研究者特有の涎を垂らさんばかりの眼差し……悪寒が走り、セツは見なかったことにする。
「当代は恵まれた者が多い。モニク殿の他に、もう一人三色がいる」
逃げるように視線を逸らした先で、今度は水司と目が合った。亜麻色の長い髪に男物の着物を着た、うら若き美女である。
「挨拶が遅れた。ジル・キャトル・レオールだ」
「レオール? あのレオール家か?」
「ああ。あのレオールだ」
男装の麗人は、気負いなく頷く。
魔力は遺伝ではない。しかし、魔法使いを多く輩出する家系というものは存在する。その中でもレオール家といえば、優秀な魔法使いが生まれることで有名だった。
「例え三色だろうが、力の使い方を間違えちゃあ意味がねえ」
セツの右隣で、怖い顔の老人が唸る。ローブの裏地は黄色、土司であった。
「ガエル・ラミだ。今回は世話をかける、マスター」
ローブの上からでもわかる巌のような体躯、こんがりと日に焼けた髭面の強面は、どう見ても堅気には見えなかったが、土木技術に特化した技術職だそうだ。
いつの時代も、司は個性豊かである。
「それで?」
セツは椅子の背に体重を預け、今一度司を見回した。
「魔法使い殺しである、俺を起こした理由はなんだ?」
セツが先を促せば、場の空気がかわる。
三人の司は黙りこくり、年長者のアナイスが重い口を開いた。
「一級魔法使いによる、連続殺人事件だと?」
セツは険しく眉根を寄せた。
「ことの起こりは半年前、始月まで遡るわ。ヨコク島コウサ領の財務役人アシル・シス・アロンが殺されたの。腹部をナイフで刺されて死亡。物取りの犯行として処理されたけど、犯人は捕まらず。その四ヶ月後、藤月にジョス・サンク・フラモン子爵とパトリスが首を斬られて殺されたわ。二人は共に、アロン卿と同じ財務役人だった」
犯行の手口は異なるものの、同じ職場に勤める三人が相次いで殺され、関連を調べたところ、新たな事実が発覚した。
「フラモン子爵とパトリスによる公金横領。そしてアシル・シス・アロンはそれに気付き、二人を告発しようと準備を進めていたの」
セツは難しい顔で腕を組んでいる。魔法使いとの繋がりが見えてこない。
努めて事務的な口調で、アナイスは続けた。
「犯行の露見を恐れたフラモン子爵とパトリスによって、アシル・シス・アロンは殺されたようね。家宅捜索で、パトリス宅から血のついた着物が出てきたわ」
そしてそこで、第四の事件が起きる。
領主殺人未遂だ。
「領主ウルソン伯爵は一命を取り留めたけど、犯行の手口はフラモン子爵とパトリスを殺したものと全く一緒だったのよ。抵抗する間もなく、正面から首を斬られている」
そしてその傷口から魔力反応がでた、というわけか。
「領主は横領とアシル殺害に関わっていたのか?」
「いいえ。両方共に関与を否認しているわ。また事件当日のアリバイもしっかりしている」
では、何故襲われたのか。
そもそも高給取りの魔法使いが、横領に関わるとは思いづらい。
「魔力反応から犯人を特定。その人物は、動機も犯行手段も併せ持ち、事件後行方をくらませている」
アナイスの声は感情を排除しているが、他の司同様、表情は固い。
「第一の被害者アシル・シス・アロンの婚約者、一級魔法使いレナエル。さっき話しにでていた、もう一人の三色の持ち主よ」
魔法使いは魔法の習熟度により、一級から三級に区分されている。
ローブの襟元に着いたボタンで見分けられ、一級は金ボタン、二級は銀ボタン、三級は銅ボタンだ。司は金ボタンに属性の色の宝玉をはめて、マスターであるセツは黒いボタンである。
当然一級魔法使いは強く、数も少ない。
その、ギルドの顔ともいえる一級魔法使いが裏切った……。
部屋の空気は、鉛のように重苦しく沈み込んだ。
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